約束? そんなの知りません
「あっ」
聖女が声を漏らすよりも早く、僕は駆け出していた。
前にいる衛兵も、アントニオ王子やアリーナも押し退けて、僕は船の上を目指す。
タラップも一気に駆け上がると、僕は。
「あ……ル、ルイ様……」
「イルゼ……よかった……よかった……っ」
優雅にカーテシーをするイルゼを、人目も
彼女が無事であることに安堵して。
彼女に再び逢えたことが嬉しくて。
たった数時間離れただけなのに、僕はこんなにもイルゼが恋しかったんだ。
「ルイ様……イルゼ、ただ今戻りました」
「うん……うん……本当に、無事でよかった……っ」
「ふふ、当然です。愛しいあなた様との約束ですから」
イルゼはクスリ、と微笑みながら、僕の背中を優しく撫でてくれた……って。
「「「「「…………………………」」」」」
振り返ると、タラップの前でジル先輩をはじめガベロットの衛兵、聖女、カレンがジト目でこっちを見ていた。
あ、あははー……これから王族の処刑を行うっていうのに、恋人同士で抱きついたりしていたら不謹慎、だよねー……。
「コ、コホン……イルゼ、お疲れ様」
「はい……」
僕は咳払いをしてそっと離れると、イルゼが
そのあまりの可愛さに思わず抱きしめそうになるけど、ここは我慢だ、我慢。
だけど。
「…………………………チッ」
あはは、アントニオ王子の奴、イルゼを見てメッチャ舌打ちしているし。
だけど……その態度を見て分かったよ。
「……ルイ様、少々よろしいですか?」
「もちろん」
僕はイルゼと一緒に船室の陰へと移動する。
気づけば、聖女とカレンがいつの間にか
「それで、どうだった?」
「はい、まずはこちらを」
イルゼは小さな布袋と、書類の束を差し出した。
「これは……?」
「こちらの袋の中には、毒薬が入っております」
「ひょっとして、僕が飲んだものと同じもの?」
「いいえ……」
イルゼは
だけど……やってくれるじゃないか。
それに、この書類。
まさかとは思ったけど、イスタニアと繋がっていたなんてね。
「…………………………っ」
書類を見たカレンは、キュ、と唇を噛む。
自分を棄てた家族が、こんなことを画策していたんだ。心中穏やかじゃないに決まっている。
「ルートヴィヒさん、どうなさいますか?」
険しい表情の聖女が、問いかけるけど……あはは、聖女もやる気満々じゃないか。
サファイアの瞳が、雄弁に物語っているよ。
連中の陰謀なんて、叩き潰してしまえって。
「せっかくだから、
「もちろんです。身の程を分からせて差し上げましょう」
「うふふ……楽しくなってきましたね」
「……ん、殲滅する」
僕達は、それはもういい笑顔で頷き合った。
◇
「父様、マッシモ兄様、それにルアーナ……何か言い残すことはある?」
首にロープを巻き付けられた三人に、ジル先輩は無表情で告げる。
昨日言っていた“ガベロット式”の処刑方法というのは、要は首吊りのことだった。
マストにロープをかけ、ゆっくりと引き上げてじわり、じわりと息の根を止めるという。
苦しみもがいて死亡した後は、一週間マストに吊るされ、鳥の餌となるらしい。
なにそれ、普通に怖いんだけど。
なので、チキンな僕はこんな提案をしてみる。
「ジル先輩……処刑を行う前に、僕からもいいですか?」
「……今回の事件、被害者はルートヴィヒ殿下です。もちろん構いません」
やはり今は、第一王女ジルベルタ=イルムガルト=ガベロットとしての立場を崩さないみたいだ。
普段のような馴れ合いは一切なく、王族として毅然とした態度を取っている。
ただし、そのエメラルドの瞳には、本音が見え隠れしているけど。
父と兄を救いたいって、そんな思いが。
でも……ジル先輩。
隣にいるイルゼを見やると、彼女は、力強く頷いてくれた。
あはは……君がいてくれれば、僕は何でもできるし、何にだってなれるんだ。
だから君は、僕だけを見ていて。
「今回の僕の毒殺未遂の実行犯については、そこにいるルアーナで間違いありません。ですが、それを指示した者は他にいます」
「……他というのは、誰ですか?」
ジル先輩が、鋭い視線を僕に向ける。
獰猛なチワワ(変異種)が、さらに牙を剝いた瞬間だ。可愛いけど。
首に縄をかけられているルアーナはといえば、昨夜の話があるからか、期待に満ちた瞳でこちらを見守っていた。
本当に、
「ルアーナに僕の毒殺を指示したのは、ジル先輩の従者であるアリーナ。さらにそうするように指示をしたのは、そこにいるアントニオ王子ですよ」
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