最愛の女性の帰還

「イルゼ……」


 夜が明け、僕はベッドに腰かけながら大好きな女性ひとの名前を呟く。


 結局、イルゼは戻ってこなかった。

 ひょっとしたら、まだ証拠となるものが見つかっていなくて、今も探しているのかもしれない。


 ……いや、もう数時間も経っているんだ。

 最悪、アントニオ王子に捕まってしまって……って。


「何を考えてるんだよ、僕。イルゼは約束したじゃないか。必ず、僕の元に帰ってくるって」


 僕は大きくかぶりを振り、最悪の事態・・・・・を否定する。


 すると。


 ――コン、コン。


「……マスター、おはよ」


 やって来たのは、カレンだった。

 既にメイド服に着替えてはいるものの、眼鏡を上げて目をこすっているところを見ると、まだ眠気が取れていないみたいだ。


 ……昨日はあんなことがあった上に、眠りについた時間も遅かったんだ。それも仕方ないよね。


「カレン、おはよう……今日が終わったら、帝国に帰ってゆっくりと昼寝でもしようね」

「……ん、マスターと一緒にお昼寝する」


 カレンはポスン、と僕の隣に座ると。


「……仕方ないから、イルゼも混ぜてあげる」

「! あはは、カレンは優しいね!」


 僕はカレンのその一言が嬉しくなって、彼女の頭を優しく撫でた。

 普段は喧嘩ばかりしている二人だけど、本当は仲がいいのかもね。


「……ところで、イルゼはまだルアーナのところにいるの?」

「ううん……今は、僕の任務を受けている最中だよ」


 カレンの何気ない問いかけに、僕は少し小さな声で答えた。

 本当はカレンを心配させないように、もっと気丈に振る舞うべきなんだろうけど、大好きなイルゼのことだから、そんなの無理だよ……。


「……ん、そっか。なら、心配いらない」

「カレン……?」

「……イルゼが強いことは、一緒に仕事をしているウチが知ってる。だから、マスターの任務も無事やり遂げる」


 カレンは、不器用にニコリ、と微笑む。

 あ、あはは……ひょっとして、僕を励ましてくれたのかな。


「うん、そうだね。イルゼはちゃんと任務をやり遂げて、僕のところに帰ってきてくれるとも」

「……ん」


 僕とカレンが頷き合っていると。


「おはようございます、ルートヴィヒさん……あらあ、カレンさんもいらしたんですね」

「……ん、おはよう」

「おはようございます」


 カレンがいるのに気づき、聖女は少し残念そうな表情を浮かべる。いや、なんでだよ。


「それでは、朝食にします? といっても、ガベロットのものに口をつけるわけにはまいりませんので、少しのパンしかありませんが……」


 聖女は、おもむろに神官服の隙間からパンを一つ取り出した。いや、なんでだよ。


「……ナタリアの服、魔法の服」

「うふふ、ありがとうございます」


 少し興奮気味に食いついたカレンに、聖女はにこやかに微笑む。

 僕としてはどうして服の中にパンを忍ばせているのか大いに気になるところだけど、カレンが可愛らしいのでよしとしよう。


 それから僕達は、聖女のなけなしのパンを分け合い、朝食を摂った。


 ◇


 ――コン、コン。


「失礼します。ただ今から、大罪人ルアーナ、マッシモ王子及びフランチェスコ国王の刑の執行を行いますので、ルートヴィヒ殿下も王宮玄関までお越しください」


 衛兵の一人が、僕達を迎えに来た。

 ……結局、イルゼはまだ帰ってきていないし、今の僕達には刑の執行を止める手段がない。


「大丈夫ですよ、ルートヴィヒさん。いざとなれば、私とカレンさんで力づくで・・・・処刑を阻止しますから」

「うん。もう少し、よく考えましょうね」


 クスクスとわらいながら耳打ちする聖女を、僕はたしなめる。

 あれかな? 聖女はガベロットといきなりバトルを始めるつもりなのかな。発想がマッシモ王子と変わらないんだけど。


「……でも、いざとなったらナタリアの案でいくべき」

「カレン……」


 アメジストの瞳で見つめながら、カレンは僕の手をギュ、と握った。

 ……最悪のことも想定しておくべき、だよね。


 僕は部屋の隅に置いてある“双刃桜花”を腰にき、ジル先輩からもらった“繁長しげながの盾”を背負う。

 この出で立ち、まさにバトルするみたいだなあ……。


 そして。


「ルートヴィヒ殿下、おはようございます」

「アントニオ殿下……」


 玄関に到着すると、アントニオ王子が澄ました表情で挨拶をする。

 これから実の父と弟が、最愛の妹の手を汚して処刑されるというのに、余裕じゃないか。


 まあ、それも当然か。

 今回の件、仕組んだのはアントニオ王子なのだから。


 それと。


「…………………………」


 こちらを冷めた表情で見ているのは、ジル先輩の従者のアリーナ。

 というか従者なのだから、ジル先輩のそばにいるべきだろうに。こういうところ、アントニオ王子を含め脇が甘い。


 だけど……僕はアントニオ王子とアリーナの姿を見た時から、今にも首根っこを捕まえてイルゼのことを聞き出したい衝動を、必死で抑えているんだ。頼むから、今は僕に構わないでくれ。


 そうじゃなきゃ、僕はイルゼの働きを台無しにしてしまいそうになる。


「シルベルタ殿下、まいられました!」


 衛兵の宣言に合わせ、ゆっくりと玄関前の階段を下りて登場するジル先輩。

 黒の海軍服と赤のマントを身にまとい、腰にはチート武器の“デュランダル”を指している。


 その表情は、いつものような可愛らしさは鳴りを潜め、凛々しさと悲壮な覚悟を湛えていた。


「では……今から、フランチェスコ=ピエトロ=ガベロット、マッシモ=イヴァン=ガベロット、ルアーナ=アルバーニの処刑を行う。総員、“ヴィト=リベンジ号”に乗船せよ!」

「「「「「はっ!」」」」」


 ジル先輩の合図により、衛兵をはじめ全員が玄関に停泊している大型船に乗り込むため、タラップへと向かう。

 もちろん、アントニオ王子やアリーナも。


 その時。


「「「「「っ!?」」」」」


 船のふちに立つ、メイド服を着た一人の女性。

 もちろん、僕は彼女を誰よりも・・・・知っている・・・・・


「あ、あはは……っ!」


 だって。


「お待ちしておりました、ルイ様」


 僕の最愛の女性ひと、イルゼ=ヒルデブラントなのだから。

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