ヒャッハーなヤンキーは苦手です

「テメエッッッ! よくも俺の可愛い妹を手籠めにしやがったな!」

「はああああああああああ!?」


 その強烈な一言に、僕は思わず絶叫した。

 そりゃあ、叫びたくもなるとも。ジル先輩を手籠めにしたなんて、冤罪も甚だしいことを言われちゃったんだよ?


 そもそもジル先輩が女の子だって知ったのもついさっきだし、“醜いオーク”で喪男の僕に、そんな無理ゲーできるわけないし。


 でも。


「聞いてんのかコラ! ああ?」

「ま、待ってください! それは何かの間違いです!」

「んなわけあるか! アイツは……俺の可愛いジルは、帰ってくるなりテメエのことを話しては涙ぐんでやがったんだ! ぜってえテメエがジルを傷つけたに決まってやがる!」


 ええー……ジル先輩、どういうこと?

 僕、さすがに泣かせたことなんて一度も……いや、初めて出会った食堂で泣かせたかあ。

 でもあれ、悪いことしたわけじゃないんだけど。


「ホレ見ろ! やっぱり思い当たることがあるんじゃねえか!」

「ち、違いますよ!」


 ああもう、全然聞く耳を持ってくれない。

 こういう直情型のヤンキーって、人の話を聞かないばかりか、勝手に勘違いして解釈して周りに迷惑をかけるから、本当に嫌いなんだけど。


「それに」

「そ、それに……?」

「アイツ……妙に色っぽくなっちまいやがった……それって、そういう・・・・こと・・だよなあ? ああん?」

「いや、どういうことですか!?」


 これはもう、僕じゃどうしようもない。

 助けを求めようと、イルゼとカレンに視線を送る……って。


「「…………………………」」


 ええと……どうして二人共、瞳からハイライトが消えているんですかね?


「……ルイ様、そうなのですか?」

「……マスター、不潔」

「そんなわけないから! 信じてよ!」


 ジト目で睨むイルゼとカレンに、僕は必死に弁明する。

 というか、僕がジル先輩のことを男だって勘違いしていたのは、イルゼもよく知っているよね?


「フン、うちのジルベルタをキズモノにしたツケ、キッチリ払ってもらうからな」

「ヒイイイイ」


 ◇


 ……そして、今に至るというわけだ。


 一応イルゼとカレンに確認したいけど、本気で僕のことを海に沈めようなんて、考えていないよね?

 そんな一縷いちるの望みを託すものの、『暗殺エンド』が存在するイルゼだから、瞳からハイライトが消えている限りはその可能性は否定できない。


 カレンは……どうなんだろう?

 実際『醜いオークの逆襲』では、オフィーリアと同様に彼女固有のバッドエンドはないからなあ。


「さあて……じゃあ、始めるとすっか! テメエ等! コイツを海に沈めちまえ!」

「「「「「へい!」」」」」


 お兄さんの合図で、部下達は僕がくくりつけられたいかりを持ち上げようとするけど、さすがに重いらしく、思うようにいかない。こういう時、体重が二百キロもあってよかったよ。


 その時。


「マッシモ兄様! 何してるのさ!」


 僕の救世主(張本人ともいう)が、怒れるチワワとなって現れた。

 た、助かった……。


「おう。お前に酷いことをしたルートヴィヒって野郎を、魚のエサに……」

「ふ、ふざけないでよ! もしそんなことしてみろ! ボクは絶対に兄様を許さないんだから!」

「っ!? ま、待ってくれ!」


 ジル先輩に怒られ、おろおろと慌てふためくヒャッハーなお兄さん、もといマッシモ王子。

 ウーン……どうしようもないヤンデレシスコンだなあ。ブルーノといい勝負かも。


「ルー君ごめんね? 大丈夫?」

「あははー……助かりました」

「すぐにほどくから」


 ジル先輩は手際よく縛っているロープをほどき、僕は立ち上がった。


 すると。


「これは何事だ」


 波の音に負けずに甲板に通る低い声と共に現れたのは、ツーブロックの髪型をしたイケメン。

 ええとー、今度は誰だ?


「あ、兄貴!」

「アントニオ兄様!」


 はい、ジル先輩のもう一人のお兄さんでした。


 ◇


「……あの馬鹿の無礼、誠に申し訳ありません」


 テーブルを挟んで向かいに座るお兄さん……アントニオ王子が、深々と頭を下げた。


「い、いえ……お気になさらず」

「ですが、ろくに話も聞かずにあのような真似……ジルベルタの到着が遅かったら、本当に海に投げ出されているところでした……」

「ま、まさかあ……」


 乾いた笑みを浮かべながら、チラリ、と横を見やる。

 イ、イルゼやカレンだって、そうなる前に止めるつもりだったよね? 信じているとも。

 だからお願い。顔を逸らさないで。


 なお、こんな真似をした張本人であるヒャッハーなお兄さんは、あの後海に唾を吐き捨ててどこかへ行ってしまった。

 ただ、ジル先輩にこっぴどく怒られたせいか、メッチャ肩を落として寂しそうだったけど。


「それより、はるばるようこそお越しくださいました。ガベロットは、ルートヴィヒ殿下を歓迎いたします」

「あ、ありがとうございます」

「ルー君、お部屋に案内するね! 行こ!」


 ジル先輩が早く、早く、と僕の手を引っ張って急かす。

 今までは男だと思っていただけに、女の子だと分かった上で手を繋がれると、その……メッチャ緊張する。


「で、では、アントニオ殿下、失礼いたします」

「いえ……お構いもできず、申し訳ありません」


 席を立ち、僕達は応接室を出ようとして。


「……もっと上手くやらないからだ。マッシモの馬鹿が(ボソッ)」


 ……後ろから、嫌な呟きが聞こえてきたんですけど。

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