ボクッ娘だなんて、ご褒美ですか?

「んで、魚のエサになる覚悟はできたか?」


 こんにちは、ルートヴィヒです。

 僕は今、海の上に浮かぶ大きな船のいかりにくくりつけられております。


 どうしてそんなことをしているのかって? むしろ僕が聞きたいよ。


「……ルイ様は、少し反省なさったほうがよろしいかと」

「……むー、これはウチも何も言えない」

「ええー……」


 味方だと思っていたイルゼとカレンにまで、見捨てられる始末。

 で、今回の元凶になった(と思われる)犯人はというと、張り切って僕を置き去りにしたままどこかへ行ってしまいました。


 とりあえず、事の発端は一時間前にさかのぼる。


 ◇


「おおー! 海だー!」


 ゲートを使ってやって来たのは、ガベロット海洋王国。

 いくつかの小さな島によってできた商業国家で、ここは首都である“シクリア”島だ。


「えへへ、ルー君待ってたよ!」

「ジル先輩!」


 振り返ると、いつもの制服とは違う、私服姿のジル先輩がいた。

 だけど……白のブラウスにホットパンツ、さらにはサスペンダーだなんて、ショタ心をメッチャくすぐるファッションだなあ。

 僕は腐ってもいないしショタでもないので、特に問題はないけど。


「でも、こんなに長い間会わなかったのなんてなかったから、すごく寂しかったよ」


 いやいやジル先輩、今日はまだ夏休み二日目です。

 会わなかったのなんて、昨日だけじゃないですか。


「今日はうちの料理長が腕によりをかけて、美味しい魚料理をご馳走するからね!」

「あはは、楽しみです」


 ということで、ジル先輩に連れられてゲートのある港から中型船で移動すること、約十分。


「すごいなあ……」

「はい……」


 僕達は高くそびえ立つ外壁に囲まれたガベロットの王宮に、船で入場した。

 というかこれ、王宮というよりもはや要塞だよね。


「ルー君、足元揺れるからボクの手につかまって」

「あ、はい。ありがとうござ……っとお!?」

「わああああ!?」


 桟橋に乗ろうとしたところで船が揺れ、僕は思わずよろけてしまうと。


 ――ザパアアアアアアアアン!


 勢いよく、海の中に落ちてしまった。

 しかも、ジル先輩まで巻き込んで。


「っ! ルイ様!」

「……マスター!」


 イルゼとカレンが、船にあったロープを慌てて投げ入れてくれた。

 ふう……危うく溺れ死ぬところだったよ……。


 そもそも僕、二百キロもあるから浮いたりしないんだからね?


「ぷはっ! ルー君大丈夫?」

「は、はい。イルゼ達がロープを投げ入れてくれたので、助かり…………………………」

「?」


 僕は、ジル先輩を見て絶句する。

 いやいやいや、待って待って待って? ジル先輩、どうしてそんなにお胸様が成長していらっしゃるのでしょうか?


 『男子三日会わざれば刮目して見よ』なんて言葉があるけど、この二日の間に一体何があったんでしょうか?


「ルー君、様子が少し変だよ?」


 そりゃ変にもなりますよ。

 だって、男の子のジル先輩に、二つの胸が現れたんですから。


「えーと……ジル、先輩……少々お聞きしたいことがあるんですけど……」

「急にあらたまって、どうしたのさ」

「そのー……む、胸……」

「胸…………………………っ!? キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」

「へぶっ!?」


 可愛らしい声で絶叫したジル先輩が左腕で胸を隠し、僕の横っ面を思いきり引っ叩いた。痛い。

 だ、だけど、悲鳴を上げたってことは、その……。


「ジ、ジル先輩って……女の子、なんです、か……?」

「…………………………(コクリ)」


 ……どうやらそういうことでした。


 ◇


「申し訳ございませんでした」


 引き上げてもらって早々、僕はジル先輩に土下座を敢行する。

 それはもう、非の打ちどころがないほどの様式美に優れた土下座を。


 どうして土下座をしているかって? それはもう、出会ってからこれまでの数々の所業を考えたら、当然だよね?

 オマケに、さっきはそのー……ジル先輩の、水で濡れて透けてしまった苦しそうなお胸様が、僕の瞳に焼き付いておりますれば。


 記憶? 絶対に消さないよ。


「や、やめてよルー君。その……ボクも、黙っていてごめんね……?」

「いいい、いえ! 僕のほうこそ、勝手に男だって勘違いしてしまい……」


 でも、今から考えたら僕、ジル先輩と手を繋いだり抱きしめられたり、色々と……。

 うわー、まるでエロゲみたいだなあ……って、これエロゲの世界だった。


「……ねえ、イルゼはひょっとして、気づいてた?」

「……どうでしょうか」


 ぷい、と顔を逸らして答えてくれないイルゼ。

 というかその反応、絶対気づいていたよね? だったら早く教えてよー……。


 すると。


「オラオラオラオラ! そのルートヴィヒって野郎は、どこのどいつだ!」


 まるでチンピラのように登場した、一人の男。

 いや、その服装といいモヒカンチックな髪型といい、まるでヒャッハーな人を彷彿させるんですけど。


 で、そんな方が、どうして僕を探していらっしゃるんですかね?


「あ! 兄様!」

「兄様!?」


 僕は思わず耳を疑う。

 いやいやいやいやいや、待って待って待って待って待って!?


 この男が、ジル先輩のお兄さんだって!?


「ジルベル、お前が言っていたルートヴィヒって野郎は……」

「えへへ……うん、彼がそうだよ」

「なにいっ!」


 ジル先輩、できれば紹介してほしくはなかったです。

 知っていますか? 喪男って、ヤンキーとか怖い人が大の苦手……いや、天敵なんですよ。


「それよりジルベルタ、なんで服が濡れてるんだ?」

「え? あー……ちょっとルー君と一緒に海に落ちちゃって……」

「なんだと!? だ、大丈夫なのか!?」

「もちろんだよ。ボクだって、ガベロットの第一王女なんだから」


 心配するヒャッハーなお兄さんをよそに、むん、と胸を張るジル先輩。

 まだ服が乾いていないから、透けているんですが……あ、気づいて慌てて隠した。


「ボ、ボク、ちょっと着替えてくるから!」

「お、おお」


 両手で胸を隠しながら、シル先輩はこの場から走り去っていった。


「さて……」


 くるり、とこちらへと向き直ったヒャッハーなお兄さんが、突然僕の胸倉をつかむと。


「テメエッッッ! よくも俺の可愛い妹を手籠めにしやがったな!」

「はああああああああああ!?」


 その強烈な一言に、僕は思わず絶叫した。

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