この帝立学院、ゲームのヒロイン多すぎ問題

「むー……酷いよルー君。ボク、ずっと探してたんだからね?」

「ええー……」


 とりあえず、勉強会を終えて寄宿舎に帰るなり、玄関で腕組みしながら仁王立ちしていたジル先輩に問い詰められております。

 というか、頬をプクーと膨らませるジル先輩、子どもみたいで可愛らしい。いや、先輩なんだけどね?


「申し訳ありません。ジルベルト様もお呼びしようとしたのですが、こちらのナタリア様に止められました」

「っ!? ……あらあ、イルゼさんがおっしゃったではないですか。『ジルベルト様は学年も違うので、一緒に勉強してもつまらないと思われます』と。むしろジルベルト先輩を排除しようとされたのは、イルゼさんでは?」

「…………………………」


 聖女のせいにしようとして、逆にブーメランを受けてしまったイルゼは、ぷいと顔を背けてしまった。

 イルゼも聖女も、ジル先輩のことが嫌いなのかな? そんなことはないと思うんだけどなあ。


「あ、あはは……明日からはジル先輩も一緒にいかがですか? ほら、僕もなんというか、そのー……男一人というのはそれなりに居心地が……」

「…………………………フン」


 あれ? そっと耳打ちしたら、ますます不機嫌になったっぽいぞ?

 誘ってなかったら怒られ、誘ったら怒られ、これはどうしたらいいんだろう。


 コミュ力のないオークなんて、ただのオークだなあ……。


「フフ……私としては、勉強を教えてくれる人が増えるとありがたい。なのでジルベルト先輩、明日からはぜひ私達と一緒に勉強をしてほしいのですが」

「……考えとく」

「あ……」


 ジル先輩はボソッと告げると、とてとてとこの場から走り去って……あ、転んだ。

 庇護欲をそそられるというか、放っておけないというか、可愛らしい人だなあ。


「ま、まあ、そういうことで、明日はちゃんとジル先輩を誘おうね」

「……仕方ありません」

「うふふ……私は構いませんよ? 別に、ジルベルト先輩がいたところで影響はないですから」

「本当ですか? 後々困っても、私は知りませんが」

「あらあ……イルゼさんは自信がないんですね」

「っ! …………………………」


 あおる聖女を、イルゼが殺気を込めて睨みつける。

 お願いだから、仲良くしようよ……。


 ◇


「ええと、ここはね……」

「な、なるほど……」


 次の日、勉強会に参加してくれたジル先輩が、すごく丁寧に教えてくれている。

 だけど……僕、この問題自力で解けるんですが……。


「どう? 分かった?」

「は、はい。ジル先輩の教え方、すごく分かりやすかったです」

「え、えへへー、そっか。じゃあ、次の問題はね?」


 いや、本当に教え方はすごく上手なんだけど、次の問題も普通に解けます……なんてことは言えず、素直に教えを乞う僕ってすごく大人だと思う。


 その代わり。


「「…………………………」」


 イルゼだけでなく、聖女までハイライトの消えた瞳で睨んでくるようになったけど。

 いや、僕にどうしろと。


「むむむむむ! これでは私の勉強が一向にはからんではないか! ルートヴィヒ、ジルベルト先輩を返せ!」

「わわわ!?」


 無理やり首根っこをつかまれ、ジル先輩がオフィーリアに連行された。

 まるで天敵に捕獲されたチワワみたいな瞳で『助けて』と見つめてくるけど……すいません、僕もこれ以上イルゼに嫌われたくはないんです。


 ということで。


「イ、イルゼ、勉強のほうはどうかな?」

「っ! は、はい、お恥ずかしながら、ここからここまでが分かりません……」


 えーと……うん、ほぼ全部じゃないか。

 しかも、わざわざ答えが書いてあったのに、消した跡があるんだけど。どういうこと?


「そ、そっか。じゃあ僕が教えてあげるから、一緒に問題を解いてみよう」

「はい。よろしくお願いします」


 藍色の瞳に光が宿り、わずかに口元を緩めるイルゼ。

 うんうん、機嫌が直ったみたいでよかったよ。


「そういえばジルベルト先輩は、実技試験はどうされるのですか?」

「え? ボク?」


 オフィーリアの質問に、ジル先輩がキョトン、としている。

“醜いオーク”の僕と同じく、この学院で嫌われ者のジル先輩だから、どうするのか僕も気になるところ。


「ウーン……去年もそうだけど、ボク、実技試験は得意だし、今回も・・・対戦相手は棄権きけんするんじゃないかなあ……」


 え? 棄権きけんってどういうこと?


「ジ、ジルベルト先輩はそれほどの実力者だったのですか……!」

「え、えへへ……というより、ボクの武器がすごいっていうのもあるんだけどね。その、父様が帝国でも困らないようにって、プレゼントしてくださったんだ」


 ジル先輩が強者と分かり、オフィーリアが黄金の瞳をキラキラと輝かせる。


「ほほう! 私は素晴らしい武器にも興味がありまして、是非ともジルベルト先輩の武器を教えてはいただけないでしょうか!」

「そ、そう? ええとね……“デュランダル”っていうんだけど……」

「っ!?」


 武器の名前を聞いた瞬間、僕は思わず息を呑んだ。

 い、いやだって、ジル先輩の告げた“デュランダル”って、『醜いオークの逆襲』でイージーモードを選択した時にだけ購入可能な、攻撃力がカンストされたサクサクプレイしたいユーザー向けのぶっ壊れ武器なんだけど。


 というかガベロット国王も心配だからって、なんてものをジル先輩に持たせているんだよ。

 親バカか? 親バカなんだろうな。


「ジ、ジルベルト先輩! 是非今度、私と手合わせを……!」

「え、えへへ……どうしよっかな……」


 照れるジル先輩に、オフィーリアが試合しようと色めき立っている。

 そ、そのー……お互い怪我しないようにね。


 二人の心配をしつつ、今日の勉強会を終えてサロンを出たところで。


 ――ドン。


「……あ」


 誰かにぶつかった感触とワンテンポ遅れた可愛らしい声に、慌てて振り向く。

 僕はただでさえ重くて怪我をさせてしまうから、気をつけないといけないのに……。


「だ、大丈夫ですか!?」


 倒れ込んだ女子生徒……女子生徒……あれ? どうして子ども・・・が校舎内に?

 手を差し伸べつつ、首を傾げていると。


「……何事?」

「っ!?」


 頭を押さえながら起き上がった女の子を見て、僕は戦慄する。

 だって……この子どもと見紛うほど小さな女子生徒は、『醜いオークの逆襲』のメインヒロインの一人で、聖女と並ぶ最強の魔法使い……いや、魔使いが正しいか。


 ――イスタニア魔導王国第一王女、“カレン=ロサード=イスタニア”。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る