くじけていたボクが出逢った、とっても素敵な男の子

■ジルベルタ=イルムガルト=ガベロット視点


 ――中央海メディテラに浮かぶ小さな島にある国、ガベロット海洋王国。


 奴隷だった者が耐えかねて逃げ出し、安住の地を求めてたどり着いた場所。

 人減らしのために家族から捨てられた者が、飢えと苦しみと、悲しみにまみれながらたどり着いた場所。


 そんな虐げられた者達によってできた、ちっぽけな国。


 ガベロットの祖先は、海賊という道を生業とした。

 持たない者達が、持っている者達から奪うために。


 最初は順調だった。

 周囲に海賊行為を行う者もいないし、西方諸国の多くの国が無防備のまま海に出ていたから。


 でも、西方諸国だって馬鹿じゃない。

 すぐに海賊対策が施され、ガベロットの祖先は追い詰められていく。


 だから、選んだのだ。

 生き残るために、商売・・という道を。


 ガベロット海洋王国。

 虐げられた者の、終着点。


 ◇


「……ジル、聞いているのかな?」

「ちゃんと聞いてるよー」


 父様の膝の上に乗りながら、ボクは元気よく手を挙げた。

 でも、正直に言うと何度も聞かされているから、少し飽きちゃっていたんだけど。


「よしよし、ジルはいい子だね」

「えへへー」


 父様に頭を撫でられ、ボクは頬を緩める。

 このごつごつした大きな手が、すごく大好きだった。


「ジル! この魚を見てくれ! 俺が釣ってきたんだぞ!」

「フフン、兄貴の魚より、俺の魚のほうが大きいだろ? ジル」

「“アントニオ”兄様! “マッシモ”兄様!」


 二人の兄様が、お互いに魚を自慢しながら私に見せてくれた。

 いつもボクに優しくしてくれる、大好きな兄様達。


 母様はボクを産んですぐの頃、流行り病で亡くなってしまったけど、父様と二人の兄様に囲まれて、毎日が幸せだった。


 でも。


「フン……このガベロット王家の面汚しが」

「何言ってやがる。船乗り・・・じゃねえ・・・・クソ兄貴にこの国を任せたら、ガベロット海洋王国二百年の歴史が終わっちまうよ」

「二人共、もうやめてよ!」


 国王である父様がお母様と同じ病にかかって床に臥せると、二人の兄様はどちらが王位を継ぐかで争うようになってしまった。

 あんなに仲良くて、あんなに優しかった兄様達を狂わせるほど、ガベロットの国王の地位は魅力的みたい。


「全く……父上がお倒れになられてから、誰がこの国を支えてきたと思っている。全ては、この俺の商才あってこそだろう」

「ハッ! 商才だと? ただ戦争してる国相手に汚い商売・・・・してるだけじゃねえか! オマケに、そんな国に命がけで運んでいるのは誰だと思ってんだよ!」

「少なくとも貴様ではない」

「コノヤロウ!」

「やめて! もう……もうやめてよお……っ」


 兄様達の言い争いに耐え切れなくなり、ボクはへたり込んですすり泣く。

 もう……こんなのやだよお……。


 あの頃に……小さかった時の、みんなが優しかった頃に戻りたいよお……っ。


 でも、そんなささやかな願いが叶えられることもなく、ボクは王家から逃げるように帝立学院に入学した。

 ただ悲しいだけのあの場所に、これ以上いたくなかったから。


 だけど……ボクは本当に世間知らずだった。

 いかに父様や兄様達に守られてきたか、思い知らされたんだ。


「なんでこの帝立学院に、海賊・・がいるんだ?」

「ああ、嫌だ嫌だ。コッチまで魚臭くなってしまう」


 学院の生徒達から向けられたのは、明らかな侮蔑ぶべつ

 ガベロット海洋王国は、国としてすら認められていない、西方諸国中の嫌われ者だったんだ。


 そして、ボクは初めて知った。

 ガベロット海洋王国が、普通の国では扱わないような非人道的なものを、戦争をしている国々に売り捌く“死の商人”だということを。


 武器、毒物、麻薬……挙げたらきりがない。


 この身体が人の命を奪うような、そんな商品を売って得たお金でできているんだと思ったら、耐えられなかった。

 生徒達からさげすまれ、寄宿舎の自分の部屋に帰ったらこの汚い身体を、傷だらけになるまでたわしでこする日々。


 そんなことをしたって、この身体が綺麗になることなんてないのに。


 結局、この世界に居場所なんてないボクは、ただ、無為に生きているだけだった。


 なのに。


『ねえ君、せっかくだから僕達と一緒に食べない?』


 そんなことを言ってくれる人が、ボクの前に現れたんだ。

 ボクに、ここにいてもいいんだよって、言ってくれた人がいたんだ……。


 ◇


「えへへ……あの時のことを思い出したら、どうしてもにやけちゃうよ……」


 ビオラの花びらを浮かべたお風呂に浸かりながら、ボクは頬を緩める。

 ルートヴィヒ=フォン=バルドベルク……“醜いオーク”とみんなからさげすまれ、疎まれているのに、その心は真っ直ぐで、純粋で、優しくて……。


 くじけていたボクなんかとは全然違う、とっても素敵な男の子。

 そんな彼だから、ボクがこんなに大好きになってしまうのも、仕方ないよね。


 ――コン、コン。


「湯加減はいかがですか?」

「あ、ううん、大丈夫だよ」

「そうですか。何かありましたらお声がけください」

「うん」


 扉の向こうにいる彼女は、ボクの従者の“アリーナ”。

 病床の父様と兄様達を説得して『吸魔石』を融通してもらった条件としてあてがわれた、ボクの監視役。


 元々、ガベロット王家から逃げたかったから従者も拒否していたんだけど、『吸魔石』の条件として出されてしまった以上、ボクは受け入れるしかなかった。


「ハア……普段は喧嘩ばかりしているくせに、なんであの時だけ結託するんだろう。しかも、父様まで一緒になって……」


 ボクは湯船に口まで浸かる。

 しかも、『ルートヴィヒ殿下に会わせろ』とか、『ぶっ殺す』とか、そんな物騒なことばかり言うんだもん。いい加減にしてほしいよ。


 頬をふくらませ、ボクはお風呂から上がる。


「それにしても……うう、やっぱりこれ以上隠すのは、無理があるかも……」


 ボクはますます大きくなった胸を両手で持ち上げながら、肩を落とす。

 父様達から、帝立学院に入学に当たってボクが女の子・・・だということを隠すようにと、偽名を使って胸を布で巻いて押さえつけている。


 周囲のガベロット海洋王国への評価を知り、父様達が何故そう言ったのか今なら理解しているけど、かといって窮屈で苦しくてしょうがない。


 それに。


「……オフィーリアちゃんやナタリアちゃん、それにイルゼちゃんはすごく可愛いし、胸だって三人共すごく大きいから、ボクも負けてられないよ……!」


 ルー君はたまに女の子達の胸を見つめているから、絶対に好きだと思うし、みんなと互角に戦うためにも、正体を明かす必要が……。


 ……うん。期末試験が終われば夏休みに入るし、その時にルー君をガベロットに招待して、一緒に海で泳いだりしたときに、その……。


 水着姿の自分とルー君の裸を想像し、思わず顔が熱くなる。

 で、でもでも、これはボクがルー君を独り占めするために大事なことだから!


 ボクは決意を新たにし、むん、と意気込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る