戻った日常

「くらえッッッ! ストーム……ブレイカアアアアアアアアアッッッ!」

「ちょっ!?」


 放課後、僕はオフィーリアと帝立学院の訓練場で剣術の稽古をしているんだけど……いやいやまてまて、【ストームブレイカー】を使うなんて反則じゃない?


 ――ドカアッッッ!


「うわああああああああああああ!?」


 ほらー……案の定、訓練場の端っこまで吹き飛ばされちゃったよ……。

 というか、僕の体重は二百キロもあるのに、なんで弾き飛ばされる距離が普通の人と同じなんだよ。むしろ、スキルの仕組みがどうなっているのか知りたいわ。


「ハア……もう、やり過ぎだよ」

「フフ、渾身の【ストームブレイカー】を防いでおいて、何を言う」


 尻餅をついている僕に、オフィーリアが笑顔で右手を差し出す。

 くそう、ボルゴニア王国の件でのお礼にと、彼女の稽古に付き合うなんて言わなきゃよかったよ。


 あれから一か月が経ったけど、帝国内を含め、ボルゴニア王国での事件については世間に知られていない。


 聖女から聞いたところによると、ミネルヴァ聖教会が情報統制を行ったとのことだ。

 まあ、西方諸国全体にいる信徒達への影響を考えれば、教会がそう判断するのも当然だよね。


「ふむ……あの男・・・も君と同じように剣を交えていれば、ひょっとしたらこの私が性根を叩き直してやれたかもしれないと思うと、なかなかやりきれないものがあるな」

「何言ってるの。アイツ・・・はそんなことしても変わらないよ。それに……もう、そんな機会は永遠にないから」

「ああ……」


 聖女の従者だったバティスタは、今回の事件における実行犯の一人として、あのロレンツォ達と一緒に火あぶりの刑に処せられた。

 ミネルヴァ聖教会では悪魔崇拝者をあぶり出す手法として、これまでも大衆の面前で火あぶりの刑を行っている。


 つまり……バティスタは教会関係者として、最も屈辱的な方法で処刑されたということになる。


 これも聖女から聞いた話だけど、バティスタは最後の最後まで自分の過ちを認めようとはせず、ただ聖女と僕を罵倒し続けていたそうだ。

 その姿が、隣で号泣するロレンツォ達と対照的だったらしい。


 その話を聞いた時、正直僕は戦慄したよ。

 バティスタの最後にじゃなく、それを微笑みすらたたえながら淡々と話す腹黒聖女に……って。


「うふふ、何とか間に合いました」


 ……噂をすればだよ。


「ふむ。ナタリア、今日の礼拝はもう終わったのか?」

「はい。最近はしゅミネルヴァの教えにいくつか省略してもよい箇所を見つけましたので、礼拝の時間も短縮できましたので」


 いや、聖女がそれで、本当にそれでいいのかな。

 むしろ敬虔けいけんな大勢の信徒に謝れ。


「そんなことより、もう剣術の稽古は終わりなんですよね?」

「へ? えーと……」


 僕は指で頬を掻きながら、オフィーリアに目配せする。

 もちろん、『まだ終わっていない』もしくは『この後も予定がある』といった答えを期待して。


 だってさあ……この聖女、これまでもスキンシップがやたらと多かったのに、ボルゴニア王国から帰ってきてからは、よりボディタッチしてくるようになったんだよ。

 それも、僕の腕をイルゼに匹敵する大きさの胸で挟んでみたり、耳元に息を吹きかけてきたり、鼻先が触れるくらいまで顔を近づけてきたり……あれ? これってご褒美なのかな?


「そうだな。今日のところはこれで終わりに……」

「ホント!」

「うわ!?」


 どこからともなく、ニュ、と飛び出してきたのはジル先輩。

 オフィーリアが僕の期待を裏切ったことは置いといて、聖女に限らずジル先輩にもまとわりつかれてもいる。


 男同士だし、特に僕にとっては唯一の同性の友人でもあるのでいいんだけど……ジル先輩って、メインヒロイン並に可愛らしいんだよなあ。


「えへへ、じゃあ一緒に寄宿舎に帰ろ?」


 だから、こうやって手を繋ぎながら嬉しそうにはにかむジル先輩に、僕は天国の扉ヘブンズドアーが開いてしまいそうになる。

 扉の向こうに待っているのは、天国じゃなくて腐海だというのに。


「うふふ。ジルベルト先輩は、昨日もルートヴィヒさんとご一緒だったではないですか」

「それがどうかした? ボクとルー君の仲なんだから、いつも一緒なのは当然だよね?」


 ……二人からそれぞれ、仄暗ほのぐらい笑みを浮かべるメデューサと、吠えまくるチワワが睨み合っている幻影が見えるんだけど。

 あれかな? さっきの【ストームブレイカー】の影響で、疲れているのかな?


「あ、そういえばルー君。実家・・から連絡があったんだけど、この前ボルゴニア王国から『吸魔石』の代金の支払いがあったって。相場よりもかなり高く買い取ってくれたって、父様がすごく喜んでたよ」

「へえー」


 正直、あの『吸魔石』がいくらで取引されたかなんて、僕には興味ない。

 僕の大切な仲間・・・・・が無事なら、それで充分だからね。


 だから、ボルゴニアがその後どうなったのかも、別にどうでもいい。

 捕らえられた側近の連中もバティスタやロレンツォと同様、極刑になったそうだし、今後関わり合いになることはないから。


 ただ。


「結局、ベルガ王国が関与していたのかどうかだけは、証拠が見つからなかったんだよなあ」


 その後、ボルゴニア王国も教会も、側近やロレンツォ達を取り調べするも、ベルガ王国との関係だけは頑なに否定したらしい。

 それも、不自然なほどに。


 このままだと死んでしまうんだから、せめて洗いざらい話せば少しは生存確率が上がったかもしれないのに、それでもあの連中は『石竜の魔石』をあの国から買った事実以外、知らぬ存ぜぬで通した。


 僕には、あの国が裏で手を回していたとしか思えないんだけど……。

 ハア……一旦、このことを考えるのは保留にしよう。


 それよりも。


「…………………………」


 訓練場の端で射殺すような視線を送っているイルゼ、メッチャ怖いです。

 そんな彼女に若干おののきつつも、僕はみんなの隙をうかがって……。


 今だ!


「「「あっ!」」」


 オフィーリアはともかく、聖女とジル先輩がしまった、というような表情を浮かべた。

 フフフ……上手く出し抜けたぞ。


「イルゼ! 早く逃げよう!」

「っ! はい!」


 僕はイルゼの手を取り、この訓練場から飛び出す。

 その出入口では、やれやれ、といった表情で、クラリスさんが手を振って見送ってくれていた。


「ふふ……ルイ様、あのフラペチーノ、楽しみですね」

「うん! 今日はどんなフルーツかな?」


 全力で走りながら、僕とイルゼは手を繋いで街を目指した。

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