せっかく救えたと思ったらこれだよ
「ルー君! 遅くなってごめんね!」
「わっ!」
桟橋に横付けされた船のタラップから、ジル先輩が僕の胸に飛び込んできた。
元々ジル先輩は小さくて軽い上に、僕も二百キロもあるからびくともしないけど、ちょっとだけ驚いた。
男同士でもこうやって抱き合ったりするのかな……というか、ジル先輩からいい匂いがするんだけど。気のせいか? 気のせいだな。
「ジル先輩、お疲れ様でした。それで、『吸魔石』は……」
「もちろん! ばっちり積んできたよ!」
ジル先輩は、手を広げて停泊する四隻の船を誇らしげに見せる。
確かに、この大きさの四隻の船に『吸魔石』が全て積み込まれているんだとしたら、ポルガの街の住民全てに与えたとしても、お釣りがくるくらいだ。
「ありがとうございます! これで……街の人達を救えます!」
「はわわわわ!?」
僕は嬉しくなり、ジル先輩を強く抱きしめると……ええと、声がメッチャ可愛いんだけど。
それに、抱き心地も少しフニフニしていて気持ちいいし、僕の中で腐海への扉がフルオープンしそうな予感。
「そそ、そっか……じゃ、じゃあすぐに『吸魔石』を配っちゃおう! そうしよう! ね!」
「はい!」
何だか顔が真っ赤なジル先輩の言うとおり、一刻も早く苦しんでいる患者に届けないと。
「オフィーリア、クラリスさん」
「うむ! 任せろ!」
「既に手配は整えてあります」
オフィーリアがサムズアップし、クラリスさんは頷いて後ろに控えていた連合王国から来た兵士達に素早く指示を出した。
「ジル先輩、イルゼ、それにナタリアさん。僕達も」
「うん!」
「「はい!」」
ということで、僕達も『吸魔石』を配るために街中に向かおうとしたんだけど。
「ところで、まだいたの?」
「っ!? な、なんだと!」
船から次々と降ろされる『吸魔石』の入った積み荷を見て呆然とする側近に、僕は最大限の皮肉を込めて言い放ってやった。
多分、今の僕はとてもいい顔をしているに違いない。
「うふふ、これで街の人々が救われたら、ガベロット海洋王国の第三王子であるジルベルト先輩は英雄で、ボルゴニア王国の王侯貴族は民を見捨てた無能ということになりますね」
「不本意ですが、今回に限ってはナタリア様に同意いたします」
クスクスと微笑む聖女に、イルゼが頷いた。
そんな二人の反応を見て、恥ずかしそうにもじもじするジル先輩。というか、可愛いかよ。
……まあ、僕としてはディニス国王の想いを聞いただけに、聖女が下した評価には微妙な気分ではあるけど。
それでも、ディニス国王は貴族の顔色を
「き、き、貴様等……っ」
「だからさっきも言っただろう。他国の王族に対して、礼儀も知らないのか。ハア……まあいい。貴様は……いや、この国の貴族は、指を
吐き捨てるようにそう言うと、僕は今度こそみんなと一緒にポルガの街の住民を助けに向かった。
◇
「ありがとうございます……これで、妻が助かります……っ」
ジル先輩の手から『吸魔石』を受け取り、涙を
その姿を見て、ジル先輩まで泣きそうになっているし。
でも、今まで馬鹿にされ、蔑まれ、相手にもされなかったんだから、嬉しさだってひとしおだよね。
“醜いオーク”で喪男の僕には、ジル先輩の気持ちが痛いほどよく分かる。
そして。
「ルートヴィヒ……やったな」
「うん」
全ての『吸魔石』の配布を終え、ポン、と肩を叩くオフィーリアと笑顔で頷き合う。
これで……この街は救われるだろう。
「さて……それじゃ、ようやく全部片づいたし、せっかくだから慰労会でもしようか!」
「やろうやろう!」
「うむ! それはいい!」
「うふふ、そうですね」
「支度はこのイルゼにお任せください」
「あ、私もお手伝いします」
僕達六人は、この
「ここにいたか!」
高らかに
もちろん、その連中というのはあの時に謁見の間にいたディニス国王の側近達である。
「これは何事だ!」
「何事? 決まっている! このような事態を引き起こしたミネルヴァ聖教会の聖女、ナタリア=シルベストリとその仲間である貴様等の捕縛だ!」
険しい表情で吠えるオフィーリアに、側近の一人が答えた。
だけど……聖女と僕達の捕縛だって? しかも、いつの間にか僕達がポルガの街の石化を引き起こしたみたいになっているし。
「そうだ! 貴様等の仲間の一人、バティスタ=ジラルディーノが白状したぞ! 『聖女の指示を受け、用水池に『石竜の魔石』を投げ入れた』と!」
「そして、『『石竜の魔石』はガベロット海洋王国から入手した』ともな!」
「「「「「っ!?」」」」」
……へえ、あのモブ聖騎士、やってくれるじゃないか。
こんなことなら、もっと痛い目に遭わせてやればよかったけど……多分、無駄だな。
この連中の下卑た笑みを見る限り、僕の勘では最初からモブ聖騎士とグルっぽいし。
「ルイ様、いかがなさいますか……?」
「僕とオフィーリアで
「で、でしたら私が
「駄目だよ。君なら【千里眼】で追手の動きを把握しながら上手く逃げおおせるけど、僕じゃすぐに捕まるのがオチだ。それなら、まずは二人を逃がしてから、その後で君に合流してもらったほうがいい」
「…………………………」
イルゼも僕の案が最適だと思ったんだろう。
彼女は、悔しそうに唇を噛んだ。
「あはは、大丈夫だよ。オフィーリアだっているし、僕も防御だけは得意なんだから」
「ルイ、様……」
「だから……みんな、行けえええええええええッッッ!」
その合図と共に、僕とオフィーリアは剣を抜き、イルゼ達四人が走り出した。
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