待ち人、来たる
「……実はな。我が国の友好国の一つから、こんな情報提供があったのだ。『バルドベルク帝国はルートヴィヒ皇太子を支援の名目で派遣し、ガベロット海洋王国と共謀してボルゴニア王国を属国化することを画策している』と」
「ハアアアア!?」
ディニス国王の衝撃発言に、僕は驚きの声を上げた。
いやいや、ちょっと待ってよ!? 一体どこの国がそんな根も葉もない嘘を……って。
そうだ……僕はこんな真似をする国に、思い当たりがある。
だけど、まさかここでも
そんなに僕に恨みでもあるのかよ……。
「最初は我々も話半分で聞いておったよ。だが、あの謁見の間でルートヴィヒ殿下がガベロット海洋王国の名を告げたことで、その話に信憑性が増した。何なら、ミエルヴァ聖教会すらもグルなのではないかと考えるほどに」
確かに、もしマッチポンプ的なことを仕掛けるなら、今回の件は教会と裏で繋がっていると受け止められても、おかしくはない。
「それで……ボルゴニア王国に情報提供した国というのは……?」
「うむ……ベルガ王国だ」
「やっぱり……」
というか、この前のスパイ案件といい、ベルガ王国も帝国を目の敵にし過ぎじゃない?
まあ、僕との婚約を解消した挙句に“醜いオーク”の噂を西方諸国に吹聴しまくった関係で、帝国からメッチャ圧力を受けて苦しい立場にあることは知っているけど、でもそれって自業自得だよね?
「ルイ様、どうかあの女を
「よし、イルゼ。ちょっと落ち着こうか」
藍色の瞳からハイライトが消えたイルゼを、とりあえず制止する。
僕だってソフィアにはゲームのシナリオからご退場願いたいけど、少なくともボルゴニア王国にリークしたのはさすがにあの女じゃないだろうし。
ただ。
「どうしてベルガ王国は、ボルゴニア王国にそんなすぐにバレるようなデマを……」
「情報提供の内容についてはともかく、ベルガ王国が何故情報提供をしてきたのか……それについては分かる」
「というと?」
「うむ……恥ずかしい話だが、先王の妻……つまり私の母は、ベルガ王国の王族でな。そして、先の謁見の間で声を荒げた家臣達は、いずれも母を支援していた貴族達だ」
ディニス国王曰く、家臣の多くはその母親の派閥出身の貴族達で、国王の王位継承の際にも全面的に支援をしてもらったとのこと。
そんな経緯もあり、ディニス国王自身も強く出られない立場にあるらしい。
「……私としては、たとえガベロット海洋王国からであろうとも、支援を受けて民を救うべきだと考えている。だから」
ディニス国王がこちらへと向き直り、ジッと僕を見据える。
「どうか……どうかポルガの住民達を、救ってくだされ……!」
「あ……」
国王であるにもかかわらず、再び頭を下げるディニス国王。
その姿は、間違いなく苦しむ民を憂う一人の王の姿だった。
「ディニス陛下……どうか、顔をお上げください」
「だ、だが……」
「僕達は、必ずこの街の人々を救ってみせます。それを、陛下にお約束します」
「……本当に、すまない」
僕の手を取り、もう一度頭を下げるディニス国王。
僕は、力強く頷いた。
◇
「ええい! ガベロットはまだ来ないのか!」
「オフィーリア、焦る気持ちは分かるけど、落ち着きなよ……」
ディニス国王がポルガの街に来た日からさらに一週間が経ち、海を睨みながら
だけど……さすがに時間がかかり過ぎている。
ひょっとしたら、ジル先輩はガベロット国王の説得に失敗……いやいや、そう簡単に説得できるはずがないのは、最初から分かっていたことじゃないか。
僕にできるのは、ジル先輩を信じることだけだ。
すると。
「フン、やはり思ったとおりだ。所詮は海賊、信用ならん」
わざわざ僕達の背後にやって来てそう
というか、何しに来たんだ?
「あらあ? その口ぶりですと、ひょっとしてガベロット海洋王国が『吸魔石』を届けてくれるのを、当てにしていたんですか?」
「っ! そんなわけがなかろう!」
頬に手を当てながら呆れた表情を浮かべる聖女に、側近は声を荒げた。
「そもそも、ミネルヴァ聖教会のせいでこれほど多くの国民が苦しんでいるのだぞ! 少しは罪悪感がないのか!」
「うふふ、何度も言っているではありませんか。そのようなことは、私ではなく教会本部に言ってくださいと」
「ぐぬぬ……!」
聖女が
だけど、リアルで『ぐぬぬ』なんていう人、初めて見たよ。
まあ、そんなことより。
「ボルゴニアの貴族は、礼儀も知らないのか。おまけに自国民がこんなに苦しんでいるのに何一つ対策を施さず、ただ文句を言うばかり。はっきり言わせてもらえば邪魔でしかないので、目の前から今すぐ消えてほしいんだが」
「っ! な、何を!」
「聞こえなかったのか? 仮にも僕はバルドベルク帝国の皇太子。そして貴様が怒鳴ったのは、ミネルヴァ聖教会の聖女。さらにはブリント連合王国の王女までいるのだぞ。この無礼、ただで済むと思わないことだ」
僕はいつになく低い声で、目の前の側近に告げた。
正直、これまでの態度や扱い、その他諸々頭にきているんだ。
全てが片づいたら、絶対に責任を取らせてやる。
「フ、フフ……ルートヴィヒ、よくぞ言った! それでこそ私が認めた男だ!」
「あいたっ!?」
オフィーリアが満面の笑みで僕の背中をバシン、と叩く。
ああもう、いつも言っているけど、ちょっとは手加減してよ……。
「ルートヴィヒさん……この、私のために……」
「ナタリア様、これ以上ルイ様に近寄らないでください」
うっとりした表情で近づく聖女を、イルゼがしっかりと迎撃した。
うんうん。この聖女、最近やたらとスキンシップしてくるから、そうやって守ってくれると本当に助かるよ。
もはや側近そっちのけでいつものようにじゃれ合っていると。
「っ! ルイ様!」
「ああ……ようやくだね」
海の向こうから、こちらに向かってくる船団。
それは、ガベロット海洋王国の国旗を誇らしげに掲げていた。
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