こんなところに国王が

「……ルイ様、そろそろ部屋へお戻りになられたほうが」

「…………………………」


 ディニス国王との謁見から二週間後の深夜。

 僕はポルガの街の港で、荒れる海の先を眺めている。


 結局、ディニス国王やその側近達との会談は、物別れに終わった。

 帝国や連合王国による支援も、この二国が勝手に行うものとして、ボルゴニアはあずかり知らないというのが向こうのスタンスだ。


 僕達も無視すればいいんだろうけど、当初の予定どおりできる限り『吸魔石』をこの国に運び込み、石化で苦しんでいる人達に供給を行っている。

 でも、やっぱり数は全然足らなくて、ポルガの街の五分の一しか行き渡っていない。


 このままだと、とてもじゃないけどポルガの街の多くの患者は助からない。


 なお、今回の一連の事件について、ボルゴニア王国はミネルヴァ聖教会に対し、正式に抗議と賠償を求めたそうだ。

 だけど、『教皇猊下げいかはボルゴニアのような小国、歯牙にもかけていません』とは、聖女の談だ。


 つまり、ここで帝国と連合王国が支援を打ち切れば、ボルゴニア王国は孤立し、窮地に立たされることになる。


「イルゼ、オフィーリア達とナタリアさんは?」

「はい。オフィーリア様はクラリス様や連合王国の兵達とともに『吸魔石』の配布を行っておりましたが、既に枯渇して次の到着を待っている状況とのこと。ナタリア様も、『吸魔石』が行き渡っていない患者への支援を最前線で行っておられます」

「そっか」


 あの三人も、今できることを全力でしてくれている。

 ボルゴニア王国が苦しむ民を切り捨てる判断を下した時点で、こんなことをする必要なんてなかったのに。


「……イルゼもごめんね。こんな、僕の我儘わがままのせいで」

「何をおっしゃられますか。私はこのような決断をなされたルイ様にお仕えできた喜びに、打ち震えております」


 そんなふうに言ってもらって悪い気はしないけど、さすがに大袈裟すぎじゃないかなあ。

 理由なんて、苦しむポルガの街の住民を救いたかったからじゃなくて、最初は聖女を助けようと思ったことと、今はジル先輩を助けたいからでしかない。


 要は、ただの僕の都合と自己満足なんだから。


「ですが……ジルベルト様の到着、遅いように思われます」

「う、うん……」


 ガベロット海洋王国からボルゴニア王国までは、海路で三日もあれば到着できる距離だ。

 それに、僕はあの国が『吸魔石』を大量に取り扱っていることを、前世のゲームの記憶で知っている。


 あの『醜いオークの逆襲』では、ガベロット海洋王国は消耗品としての『吸魔石』の取扱いだけでなく、魔法防御に特化した『破魔の盾』の素材に使用していた。

 ゲーム後半の商品ラインナップの更新の時に、商人(ジル先輩)がそのことを得意げに語っていたからね。


 だからこそ、ジル先輩が父親である国王の説得に手間取っているのだと推察できる。

 ゲームだと、帝国にとってあの国は取引相手でしかないし、接点は商人(ジル先輩)だけだから、どうにもなあ……。


 どうしたものかと、腕組みをしながら唸っていると。


「ふむ……隣、よいかな?」

「ええ、いいですよ……って!?」


 現れたのは、まさかのディニス国王だった。

 ど、どうしてこの街に!? というか、僕達の支援を拒絶したはずなのに、なんの目的で接触してきたんだ!?


「そう構えんでもよかろう。なに、せっかくなので、ルートヴィヒ殿下と話をしてみたいと思ってな」

「は、はあ……」


 いや、一国の王様がこんなところにいるというのもアレだし、しかもあなたの部下が散々罵った“醜いオーク”に、今さら何の用ですかね?


「まずは、あの時の家臣の非礼、謝罪させていただきたい。誠に、申し訳なかった」

「っ!?」


 ディニス国王が、深々と頭を下げた。


「お、お待ちください! そのようなこと、突然されましても……」

「だが、バルドベルク帝国の皇太子に対し、あの態度はあまりにも無礼であった。このポルガの街を救おうとしてくれているのであれば、なおさらだ」


 なおも謝るディニス国王に、僕は戸惑いを隠せない。

 本当に今さらなので、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。


「……言い訳をするようだが、家臣達が無礼を働いたのにも理由がある」

「理由……ですか?」

「うむ……」


 ディニス国王は、その理由とやらについて説明してくれた。


 まず、ガベロット海洋王国についてだけど、どうやら過去の歴史において、このボルゴニア王国とガベロット海洋王国は、中央海メディテラの覇権を争っていたらしい。

 その時のしこりが未だに残っていて、西方諸国内でもボルゴニア王国は、特にガベロット海洋王国を毛嫌いしているとのこと。


 それもあって、あの国から支援を受けるなんてことは屈辱以外の何物でもないのだとか。


「……ルートヴィヒ殿下の言うように、国民のことを想うならば、そのようなわだかまりを捨てねばならぬことは承知している。だが、長年のしこりはそう簡単には無くせぬ」

「……………………………」


 ディニス国王やその部下達の気持ちも、分からないわけでもない。

 でも、だからってそれで犠牲になるのは国民だ。


 なら、上に立つ者……国王や貴族なら、何を一番に考えるべきかを考えないと。

 今の地位は、全て国民の上に成り立っているのだから……って、そう考えるのもなかなか難しいか。


「次に……ルートヴィヒ殿下への無礼について、だが……」

「…………………………」

「……実はな。我が国の友好国の一つから、こんな情報提供があったのだ。『バルドベルク帝国はルートヴィヒ皇太子を支援の名目で派遣し、ガベロット海洋王国と共謀してボルゴニア王国を属国化することを画策している』と」

「はああああああ!?」


 ディニス国王の衝撃発言に、僕は驚きの声を上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る