僕は、ジル先輩を待つよ

「……確かに、皆の言うとおりだな」


 あ、駄目だ。理解してなかった。


「お待ちください! それでは陛下をはじめボルゴニア王国の皆さんは、助けられるポルガの住民の命をみすみす見捨てるというのですか!」

「「「「「…………………………」」」」」


 難色を示すボルゴニアの面々に、僕は声を荒げる。

 今はそんな差別意識で物事を考える時じゃないのに、どうしてこの連中は頭が固いんだよ。


「……“醜いオーク”の分際で(ポツリ)」


 誰かの呟きが、耳に入る。

 ハア……まあ、それくらいは最初から覚悟していたけど、なかなかやりきれないなあ……って!?


「オフィーリア、それにクラリスさんも!? 何してるの!?」

「何をしているか、だと?」

「決まっています。このような無礼な方々など、もはや相手にしていられません」


 オフィーリアとクラリスさんが立ち上がり、怒りの形相で僕にも謁見の間からの退室を促す。

 き、気持ちは嬉しいけど、それじゃ解決にならないじゃん!


「ま、待ってよ二人共! そんな一時の感情で動いちゃ、救うべき人が救えなくなってしまうから!」

「何を言うか! そもそもこれは、ボルゴニア王国とミネルヴァ聖教会の問題。ブリント連合王国とバルドベルク帝国にとって、何の関係もない! 我々の提案を受け入れられないのならば、後のことなど知ったことか!」


 オフィーリアが、荒ぶる獅子のように吠える。

 あああああ……もう、これじゃ最悪のパターンだよ……。


「だ、大体、帝国と連合王国による支援だってあるんだよ!? それはどうするんだよ!」

「それこそ、こちらの差し伸べた手を拒否するような真似をした、ボルゴニアが自らつけ・・を払えばいい!」


 ああもう、これだから脳筋ヒロインは。

 だけど、僕のために怒ってくれているから、強く言えないし……。


「そ、それじゃ、ナタリアさんはどうなる! 聖女である彼女は、無関係ではいられない……」

「うふふ……お気遣いありがとうございます。ですが、所詮は枢機卿すうききょうと一部の馬鹿がしでかしたこと。私達は、その者をボルゴニアに差し出すだけですよ」

「え、ええー……」


 いやいやいやいや、そんなことで収まるはずないじゃん。

 一部の連中の企みとはいえ、ボルゴニアはミネルヴァ聖教会という組織に対して責任と補償を求めるに決まっている。


「大丈夫です。確かにボルゴニア王国における布教は叶わなくなりましたが、同じくこの国は孤立することになるのですから」

「ど、どういうこと……?」

「ミネルヴァ聖教は、帝国を含め西方諸国全土に影響を持つのですよ? なら、教会として多くの民衆を扇動するのは容易いこと。そうすれば、西方諸国で孤立するのはむしろボルゴニアです」


 クスクスとわらいながら、聖女は腹黒さを前面に見せた。

 う、うわあ……加害者意識ゼロだよ。


 ま、まあ、聖女も被害者なんだから、むしろこの反応も当然……なのかなあ。


「ブリント連合王国もバルドベルク帝国も、我々を見捨てるというのか!」

「そ、そうだ! しかもこの国を苦しめたのは、教会ではないか! それを!」


 謁見の間に、怒号が飛び交う。

 それらは全て、僕達に向けられていた。


「ルートヴィヒ、これで分かっただろう。礼を欠いた連中のために、私達がここに留まる理由はない。そもそも、ここに来たのはナタリアを助けるためなのだからな」

「…………………………」


 それを言われてしまうと、僕も何も言えない。

 オフィーリアの言うとおり、聖女の石化の症状も回復したし、僕達の目的は果たした。

 ボルゴニア王国の救済だって、教会のマッチポンプであることが判明して、少なくとも聖女の手からは離れている。


 だけど。


「……駄目だよ」

「ルートヴィヒ!」

「駄目だ! まだポルガの街で苦しんでいる人達はいるし、それに……それに、ジル先輩は僕と約束したんだ! 街を救うための『吸魔石』を、必ず運んでくると! だから」


 僕はオフィーリアの黄金の瞳を見据え、すう、と息を吸うと。


「僕は、このボルゴニアで待つ。ジル先輩の到着を」


 そうだ……ジル先輩は、今も必死になって戦っているはずなんだ。

 おそらくはロレンツォ枢機卿すうききょうに『石竜の魔石』を売ったガベロット海洋王国の第三王子として、その責任を負うために。


 本当は、ジル先輩に責任なんて何一つない。

 ガベロット海洋王国だって、『石竜の魔石』を求める連中……ロレンツォ枢機卿すうききょうの一味がいたから、売り捌いただけの話だ。


 結局のところ、そんなものを使った奴こそが悪いんだから。


「……そういうことだから、悪いけどみんなは先に帰ってて。僕は、ジル先輩が到着する予定の港に向かうから」

「私は、いつもルイ様のおそばに」


 いつの間にか隣にいるイルゼがかしずいた。

 君はいつだって、僕の思いを最優先にして、寄り添ってくれるよね。


 それが、どれだけ僕を支えてくれているか。


「うふふ……でしたら、私も最後まで見届けます」

「ナタリアさん!?」

「あら……私は一言も、帰るなんて言ってませんよ? ただ、私のためにルートヴィヒさんに悩んでほしくなかっただけですから」


 聖女はクスリ、と微笑む。

 この腹黒聖女め、一体どんな魂胆があるんだよ……って、そんな考えはいい加減やめたほうがいいよね。


 彼女は、僕の知る『醜いオークの逆襲』の中のナタリア=シルベストリとは違うんだから。


「む、むむむむむ……これでは私達が悪者みたいではないか……」

「実際そうなのでは?」

「ナタリア!? それは酷くないか!?」


 眉根を寄せるオフィーリアを、聖女が愉快そうに揶揄からかった。


「オフィーリアとクラリスさんが、僕のためを思って言ってくれたことは分かってるよ。だから、なにも気にしなくていいから」

「むむむ……な、なら、私も残るぞ!」

「私もです」


 あ、あははー……結局、全員残ることになっちゃったよ。

 みんな、馬鹿だなあ。


 本当に。


「……みんな、ありがとう」


 嬉しさで泣くのを必死でこらえていた僕は、顔を伏せてそう呟くのが精一杯だった。


 そんな僕を、四人は優しい瞳で見つめていた。

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