ボルゴニア国王にチクってみる

「……私はルートヴィヒさんがよいと言いましたが?」

「そう言うな。これが折衷案だ」


 オフィーリアにお姫様抱っこされ、頬を膨らませながら不満を示す腹黒聖女。

 バティスタを再び置き去りにして街へと戻る際、イルゼと聖女が一触即発の状態になるのを見かねたオフィーリアが助け舟を出してくれたのだ。


 本当は、オフィーリアにそんなことをさせたくはなかったけど、彼女は『このままの状態のほうが困る』と言って、苦笑しながら引き受けてくれた。

 仕方ない……無事にボルゴニア王国を救って帝国に帰ったら、お礼として彼女の剣の稽古に付き合うことにしよう。


「それでルイ様、これからどうなさいますか?」

「もちろん、ボルゴニアの王都に戻って事の顛末を伝えるよ。それと……背後に、ミネルヴァ聖教会が絡んでいることも」


 これに関しては、聖女がいる手前少し心苦しいけど、伝えないわけにはいかないだろう。

 ミネルヴァ聖教会は今回の件で信用を失ってしまうけど、それでも、不満分子である反教皇派を排除できるんだから、教会にとっても必ずしもデメリットばかりじゃないはず。


「うふふ、ご心配いりません。事実は事実ですし、それに、今の私・・・は誰からどのように思われても、一切気にしませんから」


 オフィーリアの腕の中で、聖女が微笑む。

 抱えていた闇が取り払われたからか、聖女は妙に清々しいけど、僕をジーッと見つめてくるの、やめてください。おかげでイルゼが、ずっと不機嫌です。


 ということで、僕達は馬車に乗ること数時間。

 ボルゴニアの王都に到着し、すぐに国王への謁見申請を行った。

 もちろん、バルドベルク帝国とブリント連合王国、さらにはミネルヴァ聖教会の連名で。


「ルートヴィヒさん、もう抱きかかえてはくださらないのですか……?」

「ええー……」


 王宮の玄関に横付けされた馬車の中から、聖女が切なそうな表情で懇願する。

 いやいや、王宮に到着するまでの間に、石化状態から完全に回復しているよね?


「ルイ様、ナタリア様は体調がすぐれないようですし、このまま馬車でお待ちいただいてはいかがでしょうか?」


 馬車の中を冷たい視線でのぞき込みながら、イルゼが辛辣な言葉を投げかけた。


「うふふ。ボルゴニアの国王陛下と面識があるのは、聖女である私だけですよ? なら、そんなことをして困るのはルートヴィヒさんだと思いますが」

「…………………………チッ」


 したり顔で告げる聖女に、イルゼが舌打ちする。

 僕はこの二人が醸し出す殺伐とした雰囲気に、思わず戦慄した。


 お願いだから、仲良くしようね?


 ◇


「ううむ……」


 謁見の間で、ボルゴニア国王“ディニス=デ=ボルゴニア”が、顎鬚あごひげをさすりながら唸る。

 今回の一件が、まさか教会の一部の人間による仕業で、しかもマッチポンプだったなんて信じられないよね。


 でも、この事実を聖女から告げられたのだから、ディニス国王としても信じざるを得ない。


「……聖女殿よ。このようなこと、教会としてかなりの不祥事だと思うが、それを軽々しく告げてもよかったのか?」

「もちろんです。人々に安寧を与えるべき教会が、しゅミネルヴァの教えに背くようなことをしたのです。たとえ教会でも、罪を負わねばなりません」


 両膝をついた聖女が、祈りを捧げるような姿勢で頭を下げる。


「ディニス陛下。聖女様からの要請を受け、ポルガの街をはじめとした住民達の石化を回復させるための『吸魔石』を、我が帝国とブリント連合王国で手配する準備を進めております。ですが、それでは到底数が足りません」

「……それはそうであろう。病……いや、石化に侵されている者は、数万に上るのだからな」


 こめかみを押さえながら、ディニス国王がかぶりを振った。

 謁見が始まってからの国王の様子を見る限り、帝国の皇太子である僕に対しても、ましてやこんな真似をしでかした教会の聖女であるナタリアに対しても、少なくとも表面上は不快感を見せていない。


 ……この国王、意外と理性的で、話の分かる人物なのかもしれないな。


 なら。


「ですが、僕達の友人の一人であるガベロット海洋王国のジルベルト第三王子が、今回の事態に対処するために『吸魔石』の調達に動いてくれています。それが間に合えば、大勢の人を救うことが可能かと」

「っ! ガベロット海洋王国ですと!」


 ディニス国王のそばに控える、中年の男が声を荒げた。

 見る限り、おそらくはこの国の宰相だろう。


「あのような海賊上がりの不届きな連中、信用できませんぞ!」

「そうです! しかもあやつ等、戦をしている国に平気で武器を売り捌くような者達です!」


 ガベロット海洋王国の名前を出した途端、周囲にいる者達が口々に声を上げた。

 やっぱり、あの国に対する差別意識が西方諸国では未だに根強い。


 でも……だからこそ、今回の一件では意味がある。


「お待ちください。ボルゴニア王国で苦しむ全ての人々を救えるだけの『吸魔石』を調達できるのは、中央海メディテラを支配するガベロット海洋王国をおいて他にありません」

「フン。数少ない取引相手であるバルドベルク帝国なら、海賊共に肩を持つのは当然か」


 ディニス国王とは違い、その他の連中は僕に対して不快感を隠さない。

 嫌われ者であることは自覚しているとはいえ、これでは話が先に進まないぞ。


「お待ちください。私も……いや、ブリント連合王国も、ディートリヒ皇太子殿下と同じ意見です。民達を救うためにも、ガベロット海洋王国の『吸魔石』を当てにするほかありません」


 ありがたいことに、オフィーリアが助け舟を出してくれた……んだけど。


「「「「「…………………………」」」」」


 周囲の連中の視線や態度に、一切変化はない。

 彼等からすれば、いくらブリント連合王国の姫であっても、所詮は小娘扱い、ということか。


 まあいいや。

 それでも、この国が助かるためにはジル先輩の……ガベロット海洋王国の支援が絶対に必要なんだ。


 そのくらい、目の前のディニス国王も理解している……よね?

 おそるおそる様子をうかがってみると。


「……確かに、皆の言うとおりだな」


 あ、駄目だ。理解してなかった。

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