狂乱の姫騎士と朝練なんて

 おはようございます、ルートヴィヒです。


 カーテンの隙間から差し込む朝の光を見て、今日もいい天気になりそうだなあ、なんて呑気なことを考えているけど……うん、結局緊張と興奮で眠れませんでした。


 いや、だって隣にシースルーのナイトウェアなんて着てあられもない姿のイルゼが、僕の右腕をその巨大な胸で挟み、さらには柔らかいムチムチした太ももを右脚に絡めているんだよ?

 無理だよね? 無理に決まってる。


「そ、そろそろ起きよう……」


 そう思い、僕はイルゼを起こさないように右腕を……うん、ピクリとも動かない。

 これはあれかな? 緊張し過ぎて動かせないのか、それとも、このふにふにした柔らかい感触をもっと堪能したいという、僕の……いや、前世の人格になる前のルートヴィヒを含め、心の奥底に眠る欲望と野生が目覚めたのかな?


 そんな言い訳なのか欲望に忠実に従っただけなのか、よく分からないことを頭の中でグルグルと考えながら天井を眺めていると。


「ルイ様……」


 ……どうやら至福の時間は、これで終了のようだ。


「あ、そ、その……おはよう、イルゼ」

「はい……おはようございます……」


 ふおおおお!?

 イ、イルゼ、さらに胸をむにゅって押しつけてきた!?


「結局……昨夜は嬉しくて眠れませんでした……」


 僕が眠れないのは当然として、イルゼもそうだったなんて意外だ。

 とはいえ、こんな喪男と一緒に寝て、嬉しいものなんだろうか……。


 思わず首を傾げてしまうけど、多分、イルゼは気を遣って一晩中見守ってくれたんだろうな。

 そうじゃなきゃ、喪男で“醜いオーク”の僕と寝て嬉しいなんて感想が出てくるはずがないし。


「あ、あはは……実は、僕も……」


 彼女の気遣いに応えるために、僕も白状した。

 もちろん、眠れなかった理由は全然違うけど。


 なのに。


「……嬉しい、です」


 僕の言葉を聞いたイルゼは、言葉どおり嬉しそうに僕の肩に頬をすり寄せた。

 お願いイルゼ、僕のメンタルはこれ以上もちません。


「さ、さあて、そろそろ起きよう。今日もいつもの・・・・日課・・をこなさないといけないし」

「あ……そうですね……」


 どこか名残惜しそうな……寂しそうな表情を浮かべたけど、イルゼはすぐにいつもの様子に戻った。

 昨日寝てないから、まだベッドが恋しいのかな?


「あ、そ、それだったら、イルゼはこのままゆっくり寝ていてくれて構わないよ! 僕一人で行ってくるから!」

「あっ!」


 僕はベッドから飛び起きると、クローゼットから服を取って寝室から出た。

 さすがに彼女の前で着替えなんてできないし、それに……。


「……二晩も寝てないっていうのに、僕のオークは元気だなあ」


 こんなもの、絶対に見せられない。

 というか、イルゼはあんなに綺麗だし魅力的だし、健全な十五歳の男子が反応しないわけがないから。


「ハア……行こ」


 服を着替えて部屋を出た僕は、寄宿舎の中庭へと足を運ぶ。

 一年前から続く僕の日課である、トレーニングを行うために。


 いや、もう人並み以上に痩せたし、ダイエットが目的ならこれ以上する必要がないかもしれないけど、僕はリバウンドが怖いんだよ。

 もしそんなことになってみろ、今でこそこんなに優しくしてくれるイルゼだって、すぐに僕から離れていってしまうよ。


 ……ゲームのように調教・・して従順度を上げれば防げるけど、現実にそんなことする趣味も度胸もないし。


「と、とにかく、今日の分をこなさないと……って」


 中庭へやって来ると、一人の女子が身長くらいありそうな大きな剣を素振りしていた。

 黄金の髪をポニーテールにまとめ、同じく黄金に輝く瞳は、どのようなをとらえているのだろうか。


 願わくば、僕以外であってほしい。本当に。心からお願いします。


「む……」

「あ……」


 ……気づかれてしまった。


「じゃ、邪魔をしてしまい、申し訳ありません。オフィーリア殿下」

「いや、ここは中庭なのだから、気にしないでくれ。それより……どうして私の名を?」


 深々と頭を下げて謝罪した僕に、オフィーリアがおずおずと尋ねた。


「あ、あはは……それは、同じクラスでもありますし、オフィーリア殿下はブリント連合王国の姫君であらせられますから」


 あ……言い方失敗したかな。

 これじゃまるで、僕がオフィーリアに目を付けていたみたいじゃないか。

 ただでさえ僕は、鬼畜で卑劣で冷酷で変態なオークという評価なのに。チクショウ。


「なるほど、確かにルートヴィヒ殿下の言うとおりだな」

「は、はい」


 ホッ……どうやら勘違いされずに済んだみたいだけど、やっぱり僕がルートヴィヒだって分かっていたかあ……。

 できれば僕の存在を知られないまま卒業したかったけど、入学式でスピーチまでしたんだから、知っていて当然なんだけど。


「それで、貴殿はこんな早朝の中庭に、どのような用事なのかな?」

「あっ、はい。僕もトレーニングをしようと思いまして」

「ほう……?」


 オフィーリアが顎に手を当て、興味深そうな視線を僕に送ってきた。

 あー……脳筋だから、身体動かすの好きそうだもんなー。


「では、貴殿のトレーニングを少々拝見させてもらうとしよう」

「っ!? い、いやいやいや、見ても全然面白くないですし、それにオフィーリア殿下もトレーニングの最中だったのでは!?」

「気にしなくていい。ちょうど私も休憩したかったところだ」


 イヤアアア!? なんで僕に興味持ち始めているの!?

 僕は“狂乱の姫騎士”なんて願い下げなんだよ!


「さあ、早く」


 ニコリ、と微笑みながら僕がトレーニングを開始するのを待つオフィーリア。

 くそう、無駄にヒロインしているだけあってメッチャ可愛いじゃないか……。


「で、では……」


 僕は軽く会釈した後、いつもの・・・・トレーニングを開始した。

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