いつまでも、あなたのお傍に②

■イルゼ=ヒルデブラント視点


 次の日になり、私はルートヴィヒ殿下から思わぬお願いをされてしまいました。

 まさか、痩せるための特訓の指導をしてほしいなんて。


 最初は騎士団長など、他の方を推薦してみたのですが、何故か殿下は私の実力をご存知のようで、土下座までされてお願いされました。

 この……ただのメイドで、慰み者の私のために。


 ここまでされては、それに応えないわけにはまいりません。

 ……いえ、この時既に、私はルートヴィヒ殿下に好感を持っておりました。


 私は、全力でこの御方の願いを叶えるためにお支えするのみ。


 それから、ルートヴィヒ殿下と私の痩せるための特訓の日々が始まりました。

 見るからに二百キロ近く体重があると思われるルートヴィヒ殿下が痩せるには、並大抵のことでは不可能です。


 徹底した食事制限、ぎりぎりまで追い込んだ訓練の数々、時には休養も必要です。

 それらを限界まで繰り返し続ける日々を送りながら、ルートヴィヒ殿下と私は主人と慰み者などという関係などではなく、いつしか本当の主従関係が芽生えました。


「これからはルートヴィヒ殿下なんて堅苦しい呼び方でなく、その……“ルイ”って呼んでよ」


 そうおっしゃった時のルートヴィヒ殿下……いえ、ルイ様の屈託のない笑顔は、醜いオークの姿であるにもかかわらず、その……可愛いと思ってしまいました。


 その後もますます特訓に力が入り、ルイ様の身体はみるみる痩せていくどころか、今まで脂肪の塊だったものが圧縮されていくような……高密度な身体に作り替えられていくような、そんな印象を受けました。


 そして……一年後の春。


「イルゼ……僕はやったよ……!」

「お見事です、ルイ様」


 ルイ様は、とうとうやり遂げられたのです。


 オークのような巨体だった面影はどこにもなく、むしろ瘦せ型といえる体格になり、まるで鍛え抜かれた名剣のような高密度の筋肉に生まれ変わりました。

 何よりも、その……ルイ様の本当のお顔はとても可愛らしく、庇護欲をそそられるといいますか、抱きしめたくなってしまうといいますか……。


 とにかく、頭の上から足の先まで、“醜いオーク”と呼ぶなんておこがましい、まさに皇太子と呼ぶに相応しいお姿になられました。


 ……いえ、ルイ様以上に素晴らしい皇太子など、この世界にはいらっしゃらないと自負しております。


 姿はこのように変わられても、私へ向けてくださる優しいまなざしやお言葉は変わりません。

 本当に、尊敬に値する御方です。


 だからこそ……だからこそ、私はあの女……ベルガ王国の第一王女であるソフィアという女が許せません。

 ルイ様の本当のお姿を見ようともせず、誹謗中傷を周辺諸国に広め、こんなにも苦しめた、あの女を。


 なのにあの女は、どういうわけか帝立学院に留学するという、恥知らずな真似を……っ!


 許せなかった。

 入学式に向かう途中でぶつかったあの時に、その顔をズタズタに引き裂いてやりたかった。


 それ以上に……悲しむルイ様のお姿が、見ていられなかった。


 だけど。


「(ルイ様……)」


 隣で眠っているふりをするルイ様の横顔を眺めながら、聞こえないように口だけを動かして、私だけが・・・・呼ぶことを・・・・・許された・・・・そのお名前をささやく。


 夜の舞踏会の場で、あのソフィアが恥ずかしげもなくルイ様をダンスに誘い、私がそれを妨害した時。

 口汚く私をののしるあの女に、ルイ様はこの私のために怒ってくださいました。


『ふざけるな! 確かに僕は二年前に君が罵ったように“醜いオーク”だ! それは認めるよ! だけど……だけど、僕の大切な・・・・・イルゼを馬鹿にするな!』

『彼女は誰からも馬鹿にされるこんな僕に仕えて、励まして、支えてくれた素晴らしい女性ひとなんだ! オマエみたいな人を見た目だけで判断して、ありもしない噂をばらくような者と一緒にするな!』

『そうだ、これが『本当の僕』だ。僕は、僕の大切な女性ひとが侮辱されて、黙っていることなんてできない。たとえそれが隣国の姫君だったとしても、絶対に許せないんだ』


 嬉しかった。

 涙がこぼれそうになった。


 こんな……こんな、実家を救うためとはいえ慰み者となる道を選んだ私に、ここまでおっしゃってくださるなんて……っ。


 そんなルイ様にどうしても報いたくて、こんな格好までして、迫ったりして。

 男性経験なんて全くなくて、本当は怖くて仕方ないくせに。


 でも、そんなことはルイ様にお見通しで、逆に気遣ってくださって……。


 もう……駄目だった。

 私は、自分の想いに気づいてしまった。


 私は……ルイ様が、好き……。


 でも、そんなことは絶対に言えない。

 それをルイ様が知ってしまわれたら、負担になってしまうから。


 それに、没落貴族の娘で慰み者の私なんて、ルイ様には相応しくない。


 だから。


「(ルイ様……私は生涯、あなたにお仕えいたします……)」


 報われなくてもいい。

 ルイ様のためなら、この命を投げ出したってかまわない。


 だから……せめてあなたのおそばに、いさせてください。

 せめて、あなたに触れることをお許しください。


 天使のような横顔を見つめながら、私はただ、それだけを願った。

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