ダンスはオークには難しい

 ということで、やって来ました新入生を歓迎する舞踏会の会場。


 僕は青を基調としたドレスに身を包むイルゼをエスコートし、馬車から降ろしてあげる。


「それにしても……」


 うん、やっぱりイルゼはヒロインだけあって、ここにいるどんな女子よりも綺麗だ。

 しかも、僕より三つも年上なので、既に完璧な色香までまとっているし。


 フフフ……僕は“醜いオーク”かもしれないけど、イルゼがパートナーだなんて羨ましいだろう?

 だからって、そんな憎悪と嫉妬にまみれた視線を僕に向けないでください。分不相応なのは、僕も理解していますから。


「じゃ、じゃあ、中に入ろうか」

「はい」


 イルゼの手を取り、会場内へと入ると。


「ふおおおお……」


 そのあまりのきらびやかさ……というか、歳の近い生徒達だらけのホールの様子に、僕は変な声を漏らしてしまった。

 いや、皇室主催のパーティーとかだと平均年齢がかなり上になるし、こんな若者だけのパーティーなんて、何というかそのー……場違い感が半端ない。


「ね、ねえイルゼ……やっぱり僕は来ないほうがよかったかな……」

「何をおっしゃいますか。帝国の星であるルイ様がいらっしゃらなければ、宴は始まりません」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕はなんかじゃなくて“醜いオーク”なので、むしろ僕がいないほうが盛り上がると思います。


 その証拠に。


「「「「「…………………………」」」」」


 会場に入ってからの、参加者の視線が痛くてつらいです。


 すると。


「本日はお集まりいただき、ありがとございます。ささやかではございますが、新入生の皆さんは思う存分楽しんでください」


 エレオノーラの言葉で、今夜の舞踏会が始まった。

 いつの間にか現れた演奏隊により、会場内に音楽が流れ始める。どうやら、好きに踊れということらしい……んだけど。


「……誰も踊ろうとはしないね」

「おそらく、最初のダンスは遠慮しているんだと思います」

「遠慮?」

「はい。さすがにこの国の皇太子であるルイ様を差し置いて、踊るわけにはいかないということでしょう」


 ええー……そんなプレッシャーをかけられても困るんだけど。

 大体、普段は僕のことを“醜いオーク”だとか言って馬鹿にしているのに、こんな時に限って何その無意味な配慮。


「ほら、ルイ様。あれをご覧ください」

「あれ……って」


 イルゼが指差した先を見ると、担任のナウマン先生を始め、学院の教授の姿がちらほら見受けられた。

 ……ああ、なるほど。さすがに教授達のいる手前、皇太子の僕をないがしろにはできないってことか。


「そういうことですので、ルイ様……」

「あ……う、うん……」


 僕は緊張しながら、イルゼの前にひざまずいて右手を差し出した。


「そ、その……イルゼ、僕と一曲踊ってくれますか?」

「はい……」


 彼女の手を取り、僕達はホールの中央へと足を運ぶ。


 そして。


「う、うう……これでいいのかな……」

「はい。ルイ様、とてもお上手です」


 イルゼにリードしてもらいながら、僕は彼女の足を踏まないように細心の注意を払いながら、必死に踊る。

 いち、に、さん。いち、に、さん。


「ルイ様……ダンスの際は、パートナーの瞳を見つめるのがマナーですよ」

「だ、だけど、足元から目を逸らしたら、君の足を……」

「大丈夫です。だから……私を見てください……」


 藍色の瞳を潤ませ、とろけるような表情でそんなことを言われたら、従うしかない。

 だけど、こんなに綺麗なヒロインに見つめられるだけで、喪男の僕のメンタルは致命傷です。


 うう……そういうの、本当に好きな人に向けるべきだと思うんだよなあ……。

 仕えているせいで“醜いオーク”の相手をしなきゃいけないなんていう罰ゲームのような仕打ちをしてしまい、イルゼに申し訳なさ過ぎて、その……胃がキリキリ痛い。


「ふう……」


 音楽が終了し、それと同時に僕とイルゼのダンスも終わりを迎える。

 一度もイルゼの足を踏まずに済み、やり遂げた充実感に浸っている僕とは対照的に、彼女はどこか名残惜しそうな、憂いを帯びた表情を浮かべていた。


「そ、その……イルゼ、ダンスをする機会は今日だけじゃないんだ。これからずっと、いつだって踊れるから……」

「あ……そう、ですね……」


 僕の言葉に、イルゼは微笑みを浮かべる。

 そうとも、こんなに彼女はこんなにも綺麗な女性なんだ。それこそダンスの相手なんて引く手数多あまただろうし、もっと相応しい男が現れるに決まっているとも。


 ま、まあ、そんな男が現れるまでは、その……お願いだから僕の相手をお願いします。

 お情けとはいえ、こんな“醜いオーク”のダンスの相手を務めてくれるような女子は、イルゼ以外にいないんです。


「あ、あはは……緊張していたからか、喉が乾いちゃったね」


 そう言うと、僕はホールのスタッフからぶどうのジュースが注がれたグラスを二つ受け取り、一つをイルゼに渡した。


「あ、ありがとうございます」

「うん。ここだとみんなの邪魔になるだろうから、もう少し静かなところに行こう」

「はい……」


 彼女の手を取り、僕達は会場の壁側へと移動する。

 ちゃんとダンスを踊るという使命も果たしたし、あとは壁になってやり過ごすことにしよう。


 そう、思っていたのに。


「フフ……ルートヴィヒ殿下、私とは踊ってくださいませんの?」


 よりによってソフィアが、僕をダンスに誘ってきたよ……。

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