痩せることを決意してみる

「そ、それで……私はどうすればよろしいでしょうか……?」


 意気込んでいる僕に、イルゼがおずおずと尋ねる。

 おっと、すっかり彼女のことを忘れていた。


「あ、うん……と、とりあえずは特に用事もないので、その……お疲れ様でした」

「っ!?」


 そう言ってペコリ、とお辞儀をすると、イルゼは目を見開いた。

 あ……一応僕は皇太子なのに、メイドにお辞儀をするって不自然か。


 でも、前世ではこんな可愛い女子と会話したことなんてないから、どう接していいか分からないし、緊張しすぎて敬語しか使えないんだけど……。


 すると。


「あ、あの! 私は……ルートヴィヒ殿下のお世話をするためにおります! で、ですので、どのような・・・・・ことでも・・・・ご命令ください!」


 胸に手を当てながら、藍色の瞳に恐れ、困惑、不安、そして覚悟をたたえてそう告げるイルゼ。

 もう、綺麗な女子がそんな必死な姿を見せるだけで、僕のメンタルはボロボロです。


「で、でしたら、しばらく僕を一人にしてくれると、嬉しいんだけど……」

「え……?」


 そう答えると、絶望の表情を浮かべながら声を漏らすイルゼ。

 なんだか申し訳ないと思いながらも、自分を守るのに必死なのでとにかく一人にしてください……。


「わ、私に何か落ち度がありましたでしょうか……?」

「お、落ち度なんてないですから! むしろ、イルゼ……さんみたいに綺麗な女性ひとが、僕みたいな醜い男に仕えてくれるだけでもありがたいんですから」


 呼び捨てにする勇気もなく、思わずさん・・付けをしてしまう僕。

 敬語といい、とても皇太子がメイドに接する態度じゃない。


 それは分かっているけど、あんなルートヴィヒみたいに振る舞うなんて、喪男の僕には無理ゲーすぎる。


「そ、そういうことですので! イルゼさんはゆっくりしていてください!」

「あ……その……で、では、失礼いたします」

「は、はい」


 恭しく一礼して、部屋を出ていくイルゼ。

 これ以上なく困惑した表情をしながらも、どこか安堵したように見えたのは気のせいじゃないだろう。


「デュフフー……まあ、僕の相手をしなくて済んだんだから、嬉しいに決まってるかー……」


 ちらり、と鏡に映る醜く太っている自分の姿を見やり、僕は自虐的な笑みを浮かべた。


 ◇


「さて……それで、これからどうしようか……」


 ここが『醜いオークの逆襲』の五年前と分かった以上、ゲームと同じようなスタートを切らないように手を打たないと。


「ええと……ゲームでは、隣国のベルガ王国への侵略を皮切りに、周辺諸国を攻めていくんだったな」


 元々、ベルガ王国への侵略を開始したのは、あの国にルートヴィヒの婚約者候補の姫君、“ソフィア=マリー=ド=ベルガ”がいるからという設定だった。

 つまり……ルートヴィヒをこんな歪んだ性格にしてしまった、張本人の一人が。


 彼女に出会うまでは、ルートヴィヒも純真無垢で引っ込み思案な性格で、ゲームのように鬼畜じゃなかった。


 だけど。


『お父様! 私はオークなんて醜いバケモノなんかのお嫁になるなんて嫌よ!』


 十三歳の時、初めての面会の場でルートヴィヒを見た瞬間に発した、ソフィアの心無い言葉。

 ベルガ国王に泣きながら必死で訴えるそんな彼女の姿が、なおさらルートヴィヒの心を深く傷つけた。


 しかも、それだけにとどまらず、父である皇帝は別の国にも打診し、婚約者を募った。

 だけど……どの国も、返事は同じだった。


『可愛い姫を、醜いオークなどに嫁にはやれない』


 あのベルガ王国……いや、ソフィアが周辺諸国に吹聴して回ったのだ。

 ルートヴィヒの、オークのような醜い姿を。


 いや、それだけじゃない。

 あろうことか、ルートヴィヒの性格まで勝手に改ざんして、父譲りの暴力的で粗野で卑劣で、女性であれば見境なく発情する、まさに最低最悪のオークという人物像に仕立て上げたんだ。


 おかげでベルガ王国から周辺諸国を経由し、僕の評判はこのバルドベルク帝国内を含め西方諸国全土に広まってしまい、それはルートヴィヒ自身の耳にも入った。


 そのことが余計にルートヴィヒを闇堕ちさせ、彼は自室に引きこもりって誰とも会おうとしなくなった。

 そんな主人公を慰めようとして、父親である皇帝“オットー=ファン=バルドベルク”はルートヴィヒのためにオモチャ・・・・を与えたんだ。


 メチャクチャに壊しても構わない、そんなオモチャ・・・・を。


「つまり僕……いや、ルートヴィヒは、彼女・・に手を出したことがきっかけで壊れていくんだな……」


 彼女・・というのは、もちろんさっきのイルゼのことだ。

 だからこそ、彼女はそんな未来を想像して、あんな悲壮な表情を浮かべていたんだ。


「ハア……そうすると、少なくとも彼女に手を出さなかったことで少しは物語が変わった、ということでいいんだよね……」


 イルゼに手を出さなければ、ルートヴィヒが壊れることもない。

 つまり、女性を求めて手あたり次第に国を滅ぼそうとしない……なんて。


「そんなわけないかあ……」


 他国への侵略は、ルートヴィヒではなくて皇帝が一番望んでいる。

 この西方諸国の覇者となることを夢見る、オットー皇帝が。


「となると、皇帝を排除することがゲームのシナリオを改変する最も有力な方法なんだけど……」


 うん、無理。

 だって、ルートヴィヒの最大の理解者で支援者である皇帝がいなくなったら、それこそ僕は皇帝や僕に不満を持つ貴族達から、真っ先に殺されてしまうから。


 そもそもこのバルドベルクという国自体、オットー皇帝の独裁政治によって統治されていて、一枚岩じゃないんだから。


「ああもう……どうすりゃいいんだよ……」


 頭を抱えながら、僕はベッドの上にゴロゴロと転がると……鏡に映る、僕と目が合った。


「……こう言ったら何だけど、ひょっとして僕も痩せたらそれなりに見れる顔になるんじゃないだろうか……」


 僕は自分のたるんだ頬や下顎の肉をつまみながら、ポツリ、と呟く。

 よくよく考えれば、あの剛毅でイケメンなオットー皇帝の息子なんだから、本当は顔も悪くないんじゃないような気がする。


 ……まあ、母親似(スチルはない)の可能性もあるけど。


「そ、そうと決まれば!」


 ベッドから起き上がり、僕は拳を突き上げると。


「絶対に痩せて、それなりの見た目になって、何とかして嫌われないようにして……そして、バッドエンドを回避するぞ!」


 拳を突き上げ、大声で叫んだ。

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