スクワットを一回もできない現実

「ルートヴィヒよ。あの女は、気に入らなかったか?」


 綺麗な女性を二人もはべらせながら、わざわざ部屋までやって来て心配そうにそう尋ねるのは、父親のオットー皇帝。

 ゲームのキャラ設定では西方諸国の制覇を目論む非情な暴君ではあるものの、一人息子であるルートヴィヒを溺愛する愚かなパパンである。


「そ、そんなことはありません! イルゼのような美しい女性は、僕にはもったいないほどです!」

「そ、そうか……」


 ずい、と顔を近づけて訴えると、驚いてのけぞる皇帝。

 というか、イルゼの実家は子爵とは名ばかりの没落貴族で、皇帝の支援がなければ実家が滅んでしまうほど追い込まれている。


 だからイルゼは家族のため、皇帝の命に従って僕のオモチャになることを受け入れたんだ。

 それなのに僕に嫌われたからと、皇帝の支援を受けられなくなってしまったら、彼女の覚悟も想いも台無しになってしまう。


 というか、鬼畜同人ゲームなのに登場人物の一人一人の設定がやたらと重いの、勘弁してほしい。

 前世では呑気にプレイするだけだから気にしてなかったけど、いざ当事者になるとメンタルがつらいです。


「ルートヴィヒがあの女を気に入ったのならよいが……言っておくが、くれぐれも本気になってはならんぞ? お前には、もっと相応しい・・・・相手・・がいるのだからな」

「は、はい……」


 戸惑いながら返事をしてみるけど、その相応しいと・・・・思っていた・・・・・相手・・にトラウマを植え付けられたんですが……。


「だが、お前が少し表情に明るさが戻ったようでよかった。お前をこんな目に遭わせたベルガ王国をはじめとした周辺諸国には、この余が必ず鉄槌を下してやるゆえ、楽しみにしておるがよい。その時には、ルートヴィヒにも存分に報復する機会を与えてやろうぞ」


 そう言って皇帝は微笑みながら僕の頭を優しく撫でると、女性二人の腰に手を回しながら部屋を出て行った。


「はああああ……」


 皇帝の歩く音が遠ざかっていくのを確認し、僕は盛大に息を吐いた。

 というか皇帝、見た目オークな息子にメッチャ甘くない?


 あの『醜いオークの逆襲』で世界を震え上がらせた暴君、“オットー=フォン=バルドベルク”はどこ行ったんだよ。


 だけど。


「中身はルートヴィヒじゃなくて、僕、なんだよなあ……」


 そう考えると、申し訳なくなってしまうけど、こればかりは僕のせいじゃないので許してほしい。

 でも……あれ? だったら、元々のルートヴィヒの人格はどこにいったんだ?


 そんなことをふと考えていると。


「っ!? あああああああああああああッッッ!?」


 突然頭に激痛が走り、僕は床でのたうち回る。

 痛い、痛い、痛い。

 頭が……頭が割れそうだ……っ。


「だれ、か……たすけ……っ」


 ただでさえ醜いのに涙と鼻水とよだれでグチャグチャになった顔が……ブクブクと太り過ぎて豚にしか見えない身体が、無情にも鏡に映って僕の視界に入った。


 ああ……まさかストーリー本編に入る前に、このまま死ぬのかな……。


 そんなことが頭によぎった、その時。


「ルートヴィヒ殿下!?」


 心配そうな表情を浮かべる、イルゼの顔が見えて……。


 ――僕は、意識を失った。


 ◇


「…………………………あれ?」


 目を覚ますと、そこは知らない天井だった……って、いやいや、これ自分の部屋じゃん。

 どうやら僕は、死なずに済んだみたいだ。


「っ!? ルートヴィヒ殿下!?」

「わっ!?」


 突然目の前に綺麗な女の子……イルゼの心配そうな顔が現れ、僕は驚きの声を上げた。

 え? え? どうして……?


「そ、そのー……」

「よかった……意識が戻られたのですね……」


 胸に手を当て、心から安堵の表情を浮かべるイルゼ。

 だけど……。


「ねえ、イルゼさん……君は、どうして僕のことをそんなに心配するんですか?」


 不思議に思い、僕は彼女にそう尋ねた。

 彼女からすれば、自分をオモチャにする“醜いオーク”でしかないはずなのに。


「そ、そんなの当然じゃないですか。殿下は私の・・ご主人様・・・・なのですから……」

「そ、そう……」


 イルゼに『ご主人様』って言われると、どうしてもゲームを思い出してしまう。

 彼女はルートヴィヒのことを常に『ご主人様』と呼び、従順な犬・・・・だったから。


 そして……僕は意識を失う時に、全て・・を知った。

 ルートヴィヒの童貞卒業の相手が、イルゼだということを。


 つまり……ルートヴィヒは、現時点でなお童貞ということだ。


 いや、異世界転生ラノベあるあるだとは思うけど、まさか頭痛と同時にルートヴィヒの記憶が流れ込んでくるなんて思わないって。

 しかも、こんな醜い顔や身体になった原因も、ようやく理解した。


 ルートヴィヒは、女性を物のように扱うオットー皇帝を見て……自分の母親が捨てられ、惨めに死んだ姿を見て、心を病んでいわゆる過食症になってしまったんだな。


 ソフィアにあんな辛辣な言葉を投げかけられたことといい、そう思うと色々と可哀想だなあ、と思ったりもする。


「と、とりあえず、僕はもう大丈夫だから、その……ありがとう、イルゼさん」

「あ……」


 僕は頭を掻き恥ずかしそうにしながら、彼女にお礼を言った。


「……ルートヴィヒ殿下は、やはり・・・話に聞いていた御方とは違いますね」

「そ、そう……?」

「はい」


 うーむ……どんな話なのか非常に気になるところだけど、どうせろくな話じゃないことは最初から分かっているので、あえて聞かないでおこう。


「そ、そういうことだから、イルゼさんもここにいなくていいですからね」

「あ……わ、私がここにいてはゆっくりお休みになれませんでしたね。失礼いたしました」


 しまった、というような表情を浮かべ、慌てて立ち上がって深々と頭を下げるイルゼ。

 そういうことじゃないんだけど、それを説明したら余計にこじれそうなので、ここは黙っておく。


「では、失礼いたします」


 イルゼはうやうやしく一礼をして、部屋を出て行った。


「さて……早速始めるとしようか」


 僕はベッドから降りると、前世でもしたことのないスクワットを始めた……んだけど。


「き、きっつい……」


 たった一回すら持ち上げることができず、しりもちをついて疲労困憊こんぱいになるこの身体に、僕は憎しみを覚えた。

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