第25話 冬野つぐみは着飾る その2

 書類を届けるという惟之の目的は済んだ。

 もうそろそろ本部に戻るべきではある。


 だが、もう少しだけここにいたい。

 彼らを見て、そんな気持ちが芽生えてきてしまう。

 まるでその思いに応えるかのように、ヒイラギが声を掛けてきた。


「惟之さん、もしよかったらだけど。今日の夕飯、一緒に食べない? 俺、美味しいの作るからさ」


 自分の胸に、優しく染み込んでいくのは、彼から向けられた言葉と思い。

 断る理由など、どこにあろう。

 自然に浮かぶ笑みと共に、惟之は答えるのだ。


「ありがとう。そうさせてもらえたらとても嬉しい。よろしく頼む」

「うん、わかった! じゃあ、座ってゆっくりしていて」

「兄さん。でしたら私、惟之さんにお茶をもってきますね」

「ありがとうな、二人とも。では俺は、本部に連絡を入れてくるとするよ」


 手を伸ばし彼らの頭を撫でれば、シヤは大人しく、ヒイラギは顔を赤くして『こ、子供じゃないし!』とぶつぶつ言っている。

 二人へと再び笑みを返し、惟之は出雲へと連絡を取るために廊下へと向かった。


 その途中で、先程のつぐみの姿にふと思うのだ。

 自分達にとって、彼女こそが笑顔と幸せを運んでくれるサンタなのかもしれないと。


「あっ! ここにいたんですね、靭さん」


 振り返れば、いつもの服装に戻ったつぐみがこちらへとやってくる。


「ヒイラギ君から聞きました。今日は一緒にご飯が食べられるって。とっても嬉しいです!」


 目の前の彼女は、優しい笑顔で見つめてくる。

 思わず自分も嬉しくなり、気がつけばヒイラギ達の時のように、つぐみの頭へと手を伸ばしていた。


 ――彼女に手が届く直前、は起こった。


「ふっ……、ゆっ……、……のっ……! きゅ〜〜ん!」


 そんな声が聞こえたと同時に、惟之は衝撃を受け、体勢を崩してしまう。

 しりもちをついて、見上げた先。

 そこには、つぐみを抱きしめた品子が、自分を見下ろしていた。


「せ、先生。いつの間にここへ? ってあれ? さっきの私の名前の呼び方、何か変じゃなかったですか?」


 惟之と向かい合っていたはずのつぐみは、品子に抱きしめられ、背中を向けた状態にされていた。

 彼女に顔が見えないようにして、品子は声を出さずに惟之へと口を開く。


『さ せ ね え よ』


 悪魔の笑み。

 そう呼ぶにふさわしい表情が、品子には浮かんでいる。


 つまり、このしりもちは品子に突き飛ばされたもの。

 さらに言えば、品子がつぐみの名を呼んだときの言葉。

 これも惟之の耳には、しっかり届いていた。


「『ふ』(しだらな欲望)!『ゆ』(るすまじ)!(貴様)『の』(命刈り取ってやるわ)! きゅ〜〜ん!」

 

 品子は、そう言っていたのだ。

 恐ろしいまでの執念に、呆然と見上げる惟之へとさらなる展開が続く。


「させねぇのはお前だよ、品子」


 ヒイラギの声の後に、「ぐえっ」という品子の悲鳴が響いた。

 バタンという大きな音と共に、延長コードにぐるぐる巻きにされた品子が目の前に倒れこんでくる。


「……災難だったね、惟之さん」


 品子を見下ろしていたヒイラギが、そう言って手を差し伸べてきた。

 彼の助けを借り、立ち上がったタイミングで、つぐみの隣へとシヤがやってくる。

 

「惟之さんとつぐみさんはこちらへ。二人がここにいる必要はありません」


 シヤの言葉と共に、惟之達はリビングへと誘導される。


「え、でも先生とヒイラギ君は?」

「俺と品子は、これからちょっとした『お話し合い』だ。な〜に、心配しなくていいぞ」


 こちらへと振り返ったヒイラギの顔にあるのは、普段は見せることのない満面の笑み。

 その迫力につぐみは、「お、お大事に」とだけ品子に告げる。

 自業自得とはいえ、何だか気の毒だ。

 惟之はそう思いながらも、「品子、成仏してくれ」と言い残しリビングへと戻る。


 やがて廊下の方から、品子の絶叫が聞こえてきた。

 助けを求めるように、つぐみが自分を見つめてくる。

 だが惟之には、首を横に振り、共に廊下へと視線を向けることしかできない。

 騒がしかった廊下は、やがて「きゅう〜」という品子の意外に可愛らしい声を最後に静かになる。


 おそるおそる廊下へと顔を出したつぐみが、「先生!」と叫び駆け出していく。

 つられるように覗き込んだ先で、つぐみが倒れた品子を抱き起こそうとしていた。

 少し前に、つぐみがかぶっていた帽子。

 それがどうしたことか、目が×の字になった品子の頭にかぶせられている。

 彼女が品子をがくがくと揺さぶるたび、帽子のベルがリンリンと鳴り響いていく。


「……一足早い、クリスマスだな」


 誰にいうともなく、呟いた言葉に小さな笑い声が聞こえた。

 

「ごっ、ごめんなさい。失礼だとはわかっているのですが」


 手で口元を隠し、顔を真っ赤に染めたシヤが声を震わせながら話す。


 リズミカルに聞こえる鈴に、時折まじる「せんせぇ!」の掛け声。

 これを笑わずに聞くなど、惟之とて無理だ。

 

「シヤ、これは仕方ない。……ふふ、あはははは!」

「ぶふっ。……俺もっ、もう限界だ。すまん冬野」


 つぐみの隣に立っていたヒイラギも、こらえきれずに笑いだしている。

 その様子をつぐみはきょとんとして見ていたが、やがて笑みを浮かべて言うのだ。

 

「ふふ、いいですね! やっぱりみんなの笑い声が聞こえる、この家が私は大好きです!」


 その言葉に、惟之は。

 いや、自分だけではなく、ヒイラギやシヤに広がっていくのは喜びの感情。

 一緒に過ごし、笑いあえること。

 その幸せを言葉にしてもらえた嬉しさに、それぞれがまた笑みを生まれさせていく。

 

「よし! 今日はすっげぇ美味い夕食を作るからね。楽しみにしてて、惟之さん!」


 いつもよりはずんだヒイラギの声に、惟之は大きくうなずく。

 こうして過ごせる時間を大切にしたい。

 それを繋いでくれた彼女に感謝を。

 皆に温かな笑みと愛を届けてくれている、タルト好きなサンタへと惟之は願うのだ。


 どうか君から与えてもらえた分を。

 いや、それ以上の幸せが君に訪れてくれますように。



――――――――――


 こちらのお話は茉莉花鈴様のイラストから書かせていただいております。

 素敵イラストがある近況ノートはこちら!↓

 https://kakuyomu.jp/users/toha108/news/16817330668808974816


 サンタつぐみを下さった茉莉花鈴様に感謝いたします。

 ひきつづき本編の方もお楽しみくださいませ!


 お読みいただきありがとうございました!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る