第24話 冬野つぐみは着飾る その1

 カシャカシャカシャカシャ!


 木津きづ家のリビングで、延々と鳴り続けるシャッター音が惟之これゆきの耳へと聞こえてくる。


 それに対して、いつも通りに。

 いや、いつも以上に木津兄妹が、冷たい視線を従姉である品子しなこへと向けている。

 大好きだと公言している、そんな二人からの軽蔑のまなざし。

 それをどこ吹く風といった様子で受け流し、品子はスマホのカメラを連写モードにして撮影を続けていた。


 ヒイラギ達にあんな目で見つめられるなんて、自分であれば耐えられない。

 品子から視線を外し、彼女が先程から夢中になっている相手へと目を向けていく。


 一言でいえば、『可憐』といったところか。

 帽子のふちに白いファーが付いた赤い三角帽子。

 帽子には小さなベルや、誰かさんと同じ名を持つヒイラギ。

 黄金色に染められた松ぼっくりやリボンなど、いかにもクリスマスといった賑やかな装飾が施されている。


 首元と手首にも施された白いファーが付いたクリスマスならではの衣装。

 それを身に着け、恥ずかしそうに、それでいて照れながらも嬉しそうに笑っているつぐみが惟之の視線に気づく。

 柔らかな笑みをふわりと浮かべ、自分を見つめる彼女の姿。

 心臓がわずかながら、いつもと違う鼓動で跳ねた。

 いつも通りの笑顔。

 それなのに今日の彼女は、どうしたことか違う雰囲気をまとっている。


「ま、馬子にも衣裳、……とかではないな」


 皆から離れていること。

 さらには鳴り続けるシャッター音もあり、独り言が誰の耳に届くことなく済んだことにほっとする。

 まるで自分の心をごまかすかのような言葉に、どうしたことか少しだけ生まれたのは罪悪感。

 そんな戸惑いなど知ることなく、つぐみがもじもじしながら品子へと声を掛けていく。 

 

「あ、あの先生。ちょっと恥ずかしくなってきたので、そろそろ着替えてもいいですか?」

「ええ~っ! っと言いたいところだけどそうだね。今日はあくまで試着だし。いいよ! 着替えておいで~」


 品子の言葉にこくりとうなずき、つぐみは自分の部屋へと戻っていった。


「なぁ、彼女はどうして、あの衣装を着ることになったんだ?」


 惟之が今日、木津家に来たのは届け物のためだった。

 三条の長である清乃から、品子へ書類を渡してほしい。

 そう頼まれ、来た時にはすでに撮影会がはじまっていたのだ。

 品子の勢いにのまれ、聞きそびれていたことを、ようやく惟之は尋ねる。

 自分とほぼ同じタイミングで帰ってきたヒイラギも隣でうなずく。


「俺も聞こうと思ってた。シヤ、教えてくれよ」


 鼻歌を歌いながら、リビングから出ていく品子を見送りつつ、シヤが淡々と答える。

 

「品子姉さんいわく、『学校のイベントで注文したものと、違う品物が届いてしまった。それをもらってきたので、せっかくなので誰か着たらいいのに。そう思って持ってきた』だそうですよ」 

「ふ~ん、違う品物ねぇ」


 呟いた惟之の言葉に、ヒイラギが反応する。


「な~んか胡散臭うさんくさいなぁ。品子ってさ、そういうミスって普段しないタイプじゃん」

「えぇ。ちなみにその時の品子姉さんの言葉。……すごく棒読みでした」

「「あ~~~」」


 惟之とヒイラギの声が重なる。


 間違いない。

 今回の品子の行動は確信犯だ。

 

「そういった訳で、あまりに怪しいので私はスルーしていました。ですが、つぐみさんはあの性格ですからね。品子姉さんの棒読み説明に、何の疑問も抱くことなく『どんな品物なんですか?』と聞いてしまったんです」

「「あ~~~」」 

 

 再び二人の言葉がかぶる。


「そのあとは想像通りですよ。とても悪い笑みを浮かべた品子姉さんが『せっかく出したから来てみてよ! ね! ね!』と強引に迫り、あの撮影がはじまりました」

「「はあ~~~」」


 言葉ではなくため息が、惟之とヒイラギの口からからこぼれていく。 


「とりあえず品子あいつがこの部屋に来たら、いっちょ縛っておくか」


 いつの間にか、ヒイラギの手には延長コードが握られている。

 この部屋に戻るのが品子が先か、つぐみが先か。

 展開によってはにぎやかを越えた、やかましい出来事がはじまりそうだ。

 他の二人も同じことを思ったらしい。

 兄妹の口元に、小さな笑みがあるのが惟之の目に映る。


 ――いつからだろうな。

 この家に、こうやって沢山の笑顔が生まれるようになったのは。


 自分達を包む温かな雰囲気に、気が付けば惟之も同じように笑みを浮かべていた。

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