第27話 人出品子は出会う
「ふっふぇ~、終わりじゃ~~い!」
スマホから依頼完了のメールを送信し、
夕暮れ近い空は、青とオレンジが互いの場所を奪い合うかのように、それぞれが主張しあっているかのようだ。
冬の寒さを伝える風を受けながら、この後のことを考えていく。
品子は組織の依頼で、
うまく立ち回れたこともあり、仕事は予想外に早く終わらせることが出来ている。
このまま木津家に帰ろうか。
そうは思うものの、体は正直なもので、早く休ませろと疲れを訴えてきている。
このような自然豊かな場所に来る機会が、なかなか無いというのも事実。
大学には休みを届け出ていることもあり、あわてて帰る必要もない。
ならば今日はこの辺りで一泊して、観光を楽しんでから帰ることにしようと決め、木津家へと連絡を入れる。
電話に出たのはつぐみだった。
「無理をしないで、気をつけて帰ってきてくださいね」
彼女の性格が伝わってくる、優しい声と心遣いに思わず笑みがこぼれた。
自分を大切に思ってくれる人がいる。
幸せに浸りながら、駅へ向かおうとした品子の耳にバシィッという大きな音が響いた。
その直後に、目の前にある家から老夫婦が飛び出してくる。
品子の存在に気づくことなく、老夫婦は一目散に走り去っていってしまった。
穏やかではない状況に、品子の顔つきは鋭くなっていく。
家の前まで向かい見上げた先の窓には、大きなひびが入っている。
先程の音はこのガラスのものだったようだ。
もしや強盗でも入ったのだろうか。
しかし今、自分がここに介入するべきであろうかという思いもある。
立場を明かさず、警察を呼ぶべきか。
そう考えている品子の目の前で、玄関がゆっくりと開いていく。
扉から現れたのは、小さな女の子だった。
驚いている品子の顔を見た少女が、不思議そうに呟く。
「あれ? 狐のお姉さん、……じゃない? えっと?」
品子の心が大きく揺れる。
――そんな馬鹿な。
この少女は、私の媒体を理解しているというのか。
戸惑い気味に、少女は言葉を続ける。
「普通の人、……だよね?」
……間違いない。
この子は、人ならざる力を持ち合わせている。
気が付けば品子は、少女に向け、強い口調で問いかけてしまっていた。
「君は……。君は一体、何者なんだ?」
◇◇◇◇◇
品子の声に、少女はびくりと体を震わせる。
その顔にあるのは恐怖。
そして、それ以上に見せたのは後悔の表情だ。
「ごっ、ごめんなさい! ひなは何も見ていません。だからっ、だから……」
うつむき、何も言わなくなった少女へと品子は声をかけていく。
「あっ、あのね。……大きな声を出してごめん。君の名前は、ひなちゃんでいいのかな?」
言葉を返した品子を、少女は驚きの表情をもって見上げてくる。
「お姉さんは、ひなが嫌じゃないの? 気持ち悪くないの?」
彼女の言葉に、品子の心がちりちりと痛みを訴えてくる。
少女が言うその感情を、自分は知っている、……憶えているのだから。
異能を持ち合わせた『
この子と同じ年の頃は、その力を制御できないことも何度かあったのだ。
それにより引き起こしてしまった現象に、何も知らない同級生から奇異の目で見られたり、『化け物がいる』などと言われることもあった。
だから自分は知っている。
この子がどうしてほしいのか。
どんな言葉を掛けて欲しいのかも。
「嫌なわけあるもんか、気持ち悪くなんかちっともない。ねぇ、お姉さんは品子っていうんだ」
「品子、……お姉さん?」
「そうだよ、でもそうだな。私はひなちゃんとお友達になりたいんだ。だからね」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、品子はひなへと手を差し伸べる。
「私のことは『しなちゃん』て呼んでくれない? どうかな、ひなちゃん?」
◇◇◇◇◇◇
「それでね、おうちにいる人に怒られてね。その男の子にコードでぐるぐる~って縛られちゃって」
品子はそう言ってから、両手をぴったりと体につけて体をくるくる回転させる。
「ええっ、ぐるぐるしちゃうの! 痛くないの?」
「ちょっと痛いよ~。でもね、ごめんなさいって言ったら、男の子の隣にいる優しいお姉さんが『次は気をつけましょうね』って言ってね。ぐるぐるを取ってくれるんだ~」
「しなちゃん、大変だったんだね。ひなはぐるぐるされたくないや」
「そうだね、次からは私もぐるぐるされないように頑張る~」
それから二人は手をつないだまま、玄関で座り込んで話をしていた。
品子は話す。
自分の失敗や、面白かった出来事を。
ひなはそれを「しなちゃんって変わってる!」といいながら嬉しそうに聞いてくれていた。
やがて空にあったオレンジが、星を連れた紺色に染まろうとする時間になる。
そろそろ自分の宿を探さねばならない。
「ひなちゃん、そろそろ私は帰るね」
ひなの顔に浮かぶのは、深い悲しみ。
だが彼女は、祖父母と一緒に住んでいると言っていた。
彼らは、ガラスが割れたので驚いて出かけていったという。
修理の依頼に行ったのであれば、いずれは帰ってくるのだ。
いっそ、この子を連れていってしまおうか。
そんな考えがよぎる。
ひなが、何かしらの発動の力を持っているのは間違いない。
ならば、
だが祖父母という
様々な思いを巡らせながら品子は、彼女へどう言葉を掛けようかと考えていく。
やがて選んだ言葉は。
「ひなちゃん、これをもらってくれるかな?」
品子は鞄から、予備のヘアゴムを取り出した。
静かに、だが強く
――これを彼女が持っていてくれる限り、どんな場所にいても自分は彼女の元へとたどり着ける。
「ありがとう! ピンクで可愛いヘアゴムだね」
「ひなちゃんと私の友達の証だよ。私にまた会いたいと思っていてくれる限り、それを持っていてくれたらいいな」
不思議そうにしながらも、ひなは嬉しそうにヘアゴムをポケットへと入れる。
「わかった! ひなね、しなちゃんにまた遊びに来てほしいな」
「もちろんだよ。お友達パワーがあるから、また必ず会えるからね!」
その言葉に、ひなはほっとした顔で笑う。
子供らしからぬ表情に、品子はぐっと唇をかみうつむく。
「しなちゃん? どこか痛いの?」
寂しさを
何とか笑顔を浮かべ、品子は顔を上げると、ひなへと話しかけていく。
「次に来るときはね、私のお友達をたくさん連れてくるよ。ぐるぐるのお兄ちゃんに、その子の可愛い妹。それにぐるぐるを取ってくれた優しい女の子もだよ。きっとみんな、ひなちゃんのことが好きになっちゃうだろう。けど一番君を好きなのは私だし、ひなちゃんには私が一番でいて欲しいなぁ~」
「ふふ、なにそれ~! でも、いいよ。しなちゃんを一番にしてあげる」
今度こそ寂しさの消えた笑顔で見上げてくるひなを、品子は穏やかな笑顔で見つめる。
目を細め、次に会える日が来ることを二人は約束する。
陽だまりのような、ひなの笑顔に品子は心から願うのだ。
いつも自分の傍らにいてくれる彼女のような温かな幸せが、どうかこの子に降り注いでくれますようにと。
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こちらの話には陰東 愛香音様作『モノの卦慙愧』の主人公であるひなちゃんに登場していただきました。
作品はこちら↓
https://kakuyomu.jp/works/16817330667142869993
人ならざる力を持つゆえに、孤独な思いをしているひなちゃん。
品子はひなちゃんに、かつてのつぐみや幼き頃の自分を重ねていたのかもしれません。
違う世界線で生きる二人ですが、もしそんな二人が出会ったら?
こんなことがあってもいいな、あったらいいなと思いながらお話を書かせてもらいました。
『IF』ならではの世界、楽しんでいただけましたでしょうか?
近況ノートにて品子とヒナちゃんの素敵なイラストを掲載させていただいております。
素敵なイラストをぜひご覧くださいませ!
お読みいただきありがとうございました!
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