第15話 皿に載るのはクリスマスケーキだけではない

 こちらは『冬野つぐみのオモイカタ』第二章までのネタバレを軽く含んでおります。

 具体的に言ってしまえば、本編101話目の『番外編 クリスマスにサンタ達は絡む』の続編となっております。


 ネタバレは嫌! 読んでから来たいわ! という方は、本編を楽しんでいただいてから来て下さると嬉しいです。


 ネタバレOKで、初めてこちらを読まれる方へご説明を。

 ヒイラギ→本編主人公であるつぐみを、ちょっと意識している男子高校生。

 奥戸→雑貨屋の店長さん。

 これだけ覚えておけば大丈夫です。

 ではクリスマスのお話、楽しんでいって下さいませ! 


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「ここはどこだ……?」


 ヒイラギは、そう呟きながら周りを見渡す。

 一面の白い世界。

 ここは何もないただ「白」のみが存在する世界。


 一面の白と言えば雪を想像するものだが、今の自分に寒さは全く感じられない。


「これは、……夢か? うん、それならば納得がいく。じゃあ目が覚めるのを待てばいいんだよな?」


 だが、なぜだろう。

 一連の流れに既視感を覚えてならないのは。

 以前にも同じ夢を見ていた、そして目覚めと同時に記憶から消えてしまった。

 そんな気がしてならないのだ。


「うーん、俺が忘れているってことなのかなぁ?」


 思わずつぶやいた言葉に、背後からまさかの返答が戻ってくる。


「くくっ、つまりは『体が覚えている』というところですね。ふふふ、さすがですね白日はくじつの少年」


 なんだろう、ふりかえりたくない。

 すごく、ふりかえりたくない。


 ヒイラギの心は一気に虚無きょむになり、思考までがひらがなになってしまう。


「おやおや、私の声が聞こえていないということですかね。それとも心が虚無きょむって思わず思考がひらがなにでもな……」

「何でそれが分かるんだよ!」


 どうも自分はスルースキルはまだ高くない。

 思わずつっこむために振り返ってしまい、目に映った光景に言葉を失う。

 そこには、ミニスカサンタの姿をした男性がいたからだ。


「おい。あんたの顔には覚えがあるぞ。確か落月らくげつ奥戸おくとだよな。俺の勘違いでなければ、あんたはスーツを着ていた男性だったはずなんだが」

「ふふっ、どうも。白日の少年こと木津きづヒイラギ君」

「はぁ? 何でお前が俺の名前を知っているんだよ」


 不機嫌そうに尋ねれば、奥戸はにやりと笑って答えてくる。


「なぜかというとですね、我々は去年もこれを経験している。つまり、これが二回目の出来事だからですよ。そして作者のご都合主義が発動し、あなたは一回目を覚えていない」

「な、なんだそれ。そんなことをして作者あいつは一体なにを企んで……」

「おっと! これ以上は、私のお口をミッ〇ィーですよ」


 奥戸は人差し指で×を作ると口の前に当てている。

 冷たい視線を奥戸へ向けながら、ヒイラギは問いかけていく。


「そんで? 俺がここにぶち込まれた理由は何だ。目的が終われば俺は帰れるんだろう?」

「ふむ、思ったより動じませんね。まぁいいでしょう。それではこちらをご覧ください」


 どこから準備したのか、サンタのお約束というべき白い袋が奥戸の足元においてある。

 ポケットから出した白い手袋をはめると、彼は袋から一つの箱を取り出した。

 高さニ十センチほどの箱には「Merry Christmas」の文字が書かれ、お約束の赤と白の模様が装飾されている。

 箱の側面には小さな子供が描いたような、たどたどしいサンタの絵が描かれている。


「なんだそれ。クリスマスケーキか?」

「まぁ、そうですね。ある意味で、そう言ってもいいかと」


 話をしながら奥戸は箱から中身を出していく。

 次第に姿を現してきたその正体にヒイラギは顔を赤く染め叫んだ。


「なっ、なんなんだ! これは一体!」

「これですか? こちらは『冬の名作、つぐみとしゃとみのクリスマスプレート』になります」


 奥戸が取り出したのは、十五センチほどの白い皿だった。

 そこにはケーキではなく二体のフィギュアが載せられている。

 彼が持つフィギュアを、ヒイラギは顔を横に向けつつ、ちらちらと眺めずにはいられない。


 フィギュアの一体はつぐみだ。

 イチゴとクリームを模した、なかなかに露出の高い赤と白のコスチュームに身を包み、膝を崩して座り柔らかく微笑んでいる。

 頭にはクリームの形を再現した白いカチューシャが載せられ、首元には赤いリボン型のチョーカーが彼女の華奢な首元を飾っていた。

 そしてそのつぐみの膝にもたれかかるようにして体を預けているのが、『しゃとみ』こと、小さなさとみだ。

 いつも下ろしている髪は、高い位置でお団子ヘアと呼ばれる髪型で結ばれ、真っ赤なリボンと共に彼女の愛らしさを引き立たせている。

 小さなさとみも同じく、赤と白のショートケーキをイメージした衣装を身にまとい、きょとんとした表情でつぐみの膝の上でこちらをまるで見上げるような姿で作られていた。


「うわぁ、これ凄い精巧だなぁ」

「ふふふ、お褒めいただき嬉しいですね」

「えっ、これあんたが作ったのか?」


 驚くヒイラギを見て、満足そうに奥戸はうなずく。


「何せ私、雑貨屋の店長ですから。手先は器用なのですよ。あ、よろしかったらこちらを差し上げましょうか?」

「い、い、いっ。……いらないっ、俺は別にいらないからな。で、でも冬野とかさとみちゃんが欲しいっていうのであれば別に俺がとりあえずは預かるという形で受け取ってやらなくもなくないというかつまりそれはえっとだな……」

「……あなた句読点すら忘れて、しゃべっていますよ。少し待ちますから、落ち着いて考えてみてください」


 奥戸の言葉に少しだけ冷静さを取り戻したヒイラギは、どう答えようかと考えていく。

 正直に言えば、……欲しい。

 だがその取り戻した冷静さが警鐘を鳴らしているのも事実だ。

 万が一、これを所持していることを木津家の誰かに知られたら。


「完全にやばい人物だよな。場合によってはさとみちゃん欲しさに手に入れたと、ロリ疑惑をかけられるのも……」

「おい待て! 何でお前が俺が言っているみたいに話しているんだよ!」


 さもヒイラギの心のセリフのように話し続ける奥戸を、なんとか止めようとヒイラギは叫ぶ。


「いや、待つといったけど退屈でしたし、どうせ似たようなこと考えていたのでしょう?」

「……」

「おや、図星でしたか。これはまた失礼を」

「ちっ、違うぞ!」


 まずい、なんだか嫌な流れだ。

 この流れを変える必要がある。

 そう考えたヒイラギはさっさと答えを出すことに決めた。


「いらない! 俺はいらないからな!」


 鼻息荒くそう答え後ろを向くヒイラギに、奥戸は返事をする。


「おや、残念ですね。ちなみに私、リアリティを追求するタイプなので彼女のお胸のサイズは忠実に再現してあります」


 その言葉にヒイラギの肩がピクリと揺れる。


「あとですね。このフィギュアにはなんと、おしゃべり機能も付いています!」

「……お、おしゃべり機能って、……なんだよ、気になるじゃないか」

「ふふ、食いつきましたね。この機能はですね、冬野さんとさとみちゃんの声でお望みのセリフを聞くことが出来るのです」

「べ、別にもらうわけではない。けれどもそのおしゃべり機能とやらが気になる。だから振り返るだけだからな!」


 顔を赤く染めたヒイラギが振り返るのを見て、奥戸がニンマリと笑っている。


「何がおかしい?」

「いいえ、ただ私はあなたの最初の視線がどこに向かうのかを知りたかった。そしてそれがあまりに予想通り過ぎて笑っているだけで……」

「さっさとおしゃべり機能の説明をしろよ。何ならお前自身のおしゃべり機能を、……止めてやろうか?」

「おお怖い! 二度目の死はさすがにごめんですよ。ではこちらをご覧ください」


 奥戸は皿の下をのぞき込むと、何やら操作をしながらぼそぼそと呟いている。


「うん。ではまずはさとみちゃんからですね」


 皿をヒイラギの顔のそばに近づけ、奥戸が皿の下を触った直後、フィギュアの方から幼い少女の声が聞こえる。


「ヒイラギくん! ちゃんとはみがきするから、ホットケーキがほしいぞ!」


 間違いなくこれは聞き覚えのあるさとみの声だ。


「うわすっげ! この再現力は凄いな!」

「でしょうでしょう! 何せ私、雑貨屋の店長ですから」


 素直に感心したことで、奥戸の声が弾んでいる。


「どうなっているんだ? これ」

「ふふふ、これをご覧ください。皿の下にボタンがあってそれを押しながら言葉を話す。そうしてもう一度ボタンを押せばセリフが出てくるという機能なのです」

「すっげぇな、冬野もできるのか?」

「もちろんですよ。では試しに。『至ってタルトです~』」


 奥戸はそう言いながら操作をして再びヒイラギの前へと皿を差し出した。

 フィギュアからはつぐみの声で「至ってタルトです~」という声が聞こえてくる。


「うわー、こいつはマジで驚きだ。あんたすっげぇんだな」


 理論はわからないが、これは確かにすごい機能ではないか。

 立て続けに褒められたことで奥戸の顔には最上級の笑みが浮かんでいる。


「ふ、ふふっ。素直な子は好きですね。ちょっとヒイラギ君も試してみますか?」

「え、いいのか! でも操作って難しいのだろう?」

「心配ご無用です。先ほど言ったとおりにするだけです。ほらこれを見てください」


 奥戸は皿を高々と掲げていく。

 皿の下の部分にボタンが二つあるのがヒイラギの目に映った。

 それぞれのボタンには、タルトと蝶のイラストが描かれている。


「タルトのボタンを押せば冬野さんが、蝶を押せばさとみちゃんの声になります」

「へぇ~、どれどれ。『今日のお花はおいしいぞー』」


 奥戸に言われた通りに操作をし、蝶のボタンを押してみる。

 すると確かに、さとみの声で同じセリフが流れてくるではないか。


「はー、すっげぇ! あんた大したも……」


 ヒイラギの言葉は、奥戸の胸ポケットから聞こえてくる電子音で中断される。


「おや、呼び出しですか。ちょっと席を外します。よかったらそれまでにもう一度これを欲しいか、考えてみてもいいのですよ~」


 奥戸はフィギュアの乗った皿をヒイラギに渡すとスマホを取り出し、通話を始めながら離れていく。

 次第に遠ざかっていく彼の声を聞きながら、ヒイラギはフィギュアを見つめた。


「冬野の忠実なサイズ。冬野の……、ってだめだだめだ! 何を考えているんだ! 俺は」


 余計なことを考えるくらいなら別のことに意識を向けるべきだ。

 そう判断したヒイラギは、皿の下にあるボタンを何気なく眺めてみる。


「……どうせあいつが来るまで暇だしな。ちょ、ちょっとくらい遊んでやるか、うん!」


 こほんと咳ばらいを一つした後に、周囲を見渡し誰もいないことを確認すると、ヒイラギはタルトのボタンを押す。

 心臓の音がうるさい。

 その音にかぶさるようにヒイラギは言葉をつぶやいていく。

 だが再びボタンを押さず、じっとしているヒイラギの真横から突然に奥戸の声が聞こえてきた。


「……押さないのですか?」

「ひいっ! 何だよ! 何でいきなり隣にいるんだよ。お前どっから出てきた!」

「ここでそれは野暮ってものですよ。それで聞かないのですか?」

「べ、別にいいんだ! 大したことを言っていないからっ!」 

「おや、大したことがないなら別に聞いてもいいですよね。……ぽちっと」

「な、なんで押しちまうんだ……」


 皿から声が聞こえてくる。


「ひ、ヒイラギ君は私の大切なそっ、……だめだっ! やっぱ無理っ!」


 だがどうしたことか、タルトのボタンを押したはずなのに、その言葉はつぐみの声では出て来なかった。

 あろうことか隣に居る奥戸の声でその言葉は再生されていく。


 今日だけで二回目の虚無体験をしながら、ヒイラギは死んだ魚のような眼をして奥戸の方を見やる。

 その先では、両手を頬に当てた奥戸が体をよじらせていた。


「ふふふ、私にこんなことを言わせるなんて。……罪な方だ」

「何で今回だけ、お前の声になるんだよ! ここは冬野の声じゃないのかよ!」

「少年よ。本当に欲しいものは、人に頼らず自分で手に入れるものなのですよ」

「いいこと言っている感じになっているけど、お前の今の格好はミニスカサンタだからな! 全然っ! 心に響かねぇからな!」

「おっとこれは心に効くド正論ですね。さて、そろそろお目覚めの時間のようです」

「え、それってつまり」

「いやー、今年も面白かったです。来年また会えるといいですねぇ」


 奥戸が光を放ちながら話すのを、ヒイラギは呆然と見つめる。

 彼だけではない。

 周りの景色が、いやヒイラギ自身も光を放ち出しているではないか。

 まぶしさに目を開けていられない。

 思わず目を閉じるが、それでも視界の中に光は入ろうとしてくる。

 ぎゅっと目を閉じ、ヒイラギは光が去るのをただ待つしかなかった。



◇◇◇◇◇



「……何て、嫌な夢なんだ」


 起き上がり自分の出した第一声にげんなりしながら、ヒイラギは洗面台へと向かう。

 昨日の夢は最悪だった。

 かつて倒した敵である落月の奥戸が、自分にわけのわからないフィギュアを押し付けようとしてきたのだ。

 洗面台の鏡に映る自分の顔は、朝のさわやかさとはずいぶんとかけ離れた顔をしている。

 いつも以上にしっかりと顔を洗い、ようやく人並みの表情を取り戻す。

 今日は十二月二十四日のクリスマスイブだ。

 冬野も今日はいつもより気合を入れて料理をすると言っている。

 以前からその話をしていたことあり、今日の夕食には惟之これゆき明日人あすとも来てくれるのだ。

 準備のため、午後からはヒイラギもシヤとつぐみの三人で、夕食の買い出しに行くことになっている。

 ちゃんと動けるように、朝食はきちんと食べておかねば。

 そう思いながら入ったリビングでは、つぐみが朝食の準備を進めていた。


「おはよ! ヒイラギ君」

「冬野、おは……」


 ヒイラギの言葉は、リビングの机に乗った箱を見た瞬間に途切れてしまう。

 ニ十センチほどの高さのその箱は「Merry Christmas」と書かれ、赤と白の模様が装飾されているものだ。

 側面のサンタの笑みに、ヒイラギの顔はひきつっていく。


「こ、こっ、これは一体?」

「あぁ、そうなの! それなんだけどね」

「ちっ、違う! 俺じゃない! 断じてこれは俺ではないからな! 俺、ちょっと日課のランニング行ってくるから!」


 つぐみの言葉を遮りながら、ヒイラギは部屋から一刻も早く立ち去るための方法を考える。

 

「え、日課っていつもそんなことしていたっけ?」

「するんだよ! 今日からしちゃうんだよ!」

「そ、そうなんだ。え、えーと。頑張ってね」

「おう! 着替えをするから、俺は部屋に戻るぞ」

 

 ヒイラギは自室へとすさまじい勢いで駆け込んでいく。

 廊下ですれ違った品子が自分へと挨拶をしてきたが、返事もせずヒイラギは走り去る。

 

「なんでっ、なんであの箱があるんだよ。中身は……、まさかあれなのか。いやそんなはずはないんだぁぁぁぁ!」


 クリスマスイブの朝。

 ヒイラギの叫びが木津家に響き渡った。



◇◇◇◇◇



「おふぁよぅ~、何かヒイラギ叫んでいたけど、どしたの〜?」


 大きくあくびをしながら、リビングへやって来た品子をつぐみは出迎える。


「あ、先生。おはようございます! 何かヒイラギ君、今日からランニング始めるそうですよ〜」

「ほぇ〜、さみーのにご苦労なことで。……おや、冬野君。この箱って何〜?」


 リビングの机に載せられた箱を見て、品子が問うてくる。


「これはですね! 私、ホールケーキを買ったんです。皆で食べたいなぁと思って」

「おー、いいねぇ。今日は人も多いから、こういう大きなケーキも食べられるからねぇ」

「はい! 皆で分けて食べるケーキはすごく久しぶりで! ヒイラギ君にも報告しようとそこに置いてみたのですが」


 ヒイラギの部屋からくぐもった叫びがまだ響いている。


「何だかそれどころじゃ無さそうだったので、また後で伝えます」

「うん、それでいいと思うよ〜」


 へらりと笑う品子を見て、自分の顔にも笑顔が生まれていくのをつぐみは嬉しく思う。

 こうして過ごせる時間、温かな人たちと過ごせる喜び。

 さあつくろう、さぁ過ごそう。

 一年に一度のこのクリスマスイブという日を。

 サンタにも聞こえるように。

 沢山の笑い声に、皆と出会えた喜びの思いを込めて。

 箱を見つめながらつぐみは、穏やかに微笑むと、皆を出迎える準備を進めていくのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


さて、こちら(↓)の近況ノートにて今回のお話に登場いたしました『冬の名作、つぐみとしゃとみのクリスマスプレート』のとっても素敵なイラストを掲載しております。

MACK様のイラストにぜひ皆様も「ほほぅ!」と唸っていただけたらと思います。

https://kakuyomu.jp/users/toha108/news/16817330651064121732


ここまでお読みいただきありがとうございました!

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