第14話 纏うは礼服 惑うは心 その11

「お疲れ様です、むろさん。そろそろお帰りのお時間ですかね?」


 千堂せんどうが眠りについたのを確認し、部屋を出ようとした俺へと声がかかる。


「……観測かんそくしゃか。人に面倒な仕事をさせておいて、相変わらず自分は声だけとはな」


 断るはずだった仕事ということに加え、想定外の出来事が重なっただけについ皮肉な口調になってしまう。


「えー、そうでもないですよ。今回は手だけでしたけれど、千堂さんにお披露目ひろめしていますから。あ、これってば文字通りの『手出し』ってやつですね。ふふ」


 予想外の言葉に、思わず足を止め問うてしまう。 


「お前が千堂に? どういう気まぐれだ?」


 この人物はめったに人前に姿を現すことはない。

 姿を見ることが出来るのは、組織の上層部のごく一部、そして彼の仕事の対象者となった者くらいではなかろうか。

 もっとも後者は、見たと同時にこの世からいなくなるのがほとんどであろう。

 部屋の隅で転がっている、その対象者らしき相手をちらりと眺め口を開く。


「これが例の主催者か? 服装からいって女、……か?」

「あぁ、そうですよ。ちょっと気に入らなかったので『枯らして』しまいました。室さんも会っていたしも久良くらと名乗っていた女性です」


 彼の言葉に、千堂をエスコートしていた女性を思い出す。

 そんな彼女は、今やかろうじて人の形状を残しているものの、『枯れた』という言葉通り、体中の水分を奪われたかのように干からびてしまっていた。

 まるでミイラのようになったその姿が、下着のみの状態ということもあり少々哀れではある。

 ベットにあったシーツを手に取ると、彼女の上にそっと掛けておく。


「そんなことをする価値のある人間ではないですよ。彼女は千堂さんの体の自由を奪い、『にえの乙女』として楽しんでから殺そうとしていましたからね」

「……そうしたいと思ったからしているだけだ。気にするな」

「ふむ、そうですか。それにしてもまさか今回の『贄の乙女』に千堂さんが選ばれるなんて思いもよりませんでしたね」

「それについては、いまだに納得が出来ない。そもそも資料によれば『贄の乙女』は、しとやかな女性が選ばれると書いてあったではないか」


 観測者へと問えば、彼は愉快そうに笑っている。


「ですよねぇ! 気の強いあの元気はつらつな千堂さんが選ばれるなんて絶対にない。そう思っていたので、あのコサージュを見た時には本当にびっくりしましたよ」  

「……楽しそうだな。おかげでこちらは余計な芝居までして、他の奴らから千堂を引き離さねばならなくなったわけだが」


 ぼやくように呟きながら、渡されていた資料の内容を思い返していく。

 この会社のパーティーにおいて毎回、主催者によってたった一人だけ選ばれるという『贄の乙女』。

『贄の乙女』に選ばれコサージュを付けた女性は、パーティーの最中に忽然こつぜんと消えてしまう。

 そうして後日、その女性は変わり果てた姿で発見されるのだ。

 表面上は事故として、あるいは自殺という形で彼女達は命を失くしていく。

 その女性を連れて来たパートナーの元には、時を同じくして多額の金が振り込まれるという。

 誘われる女性はステータスの高い男性との出会いがあるという餌におびき寄せられ、一方の男性は女性に内容を隠したまま誘いをかけ、『見目麗しく、だが使い捨てていい女性』を連れていき、あわよくば多額の報酬を手にできる。

 そうやってこのパーティーは秘密裏に続けられてきたのだ。


「まぁ、でもそのおかげで主催者の正体が思ったよりも早く見つけられました。これは千堂さんが選ばれたおかげと言えるのかもしれませんね」

「当初は社長が主催者かと思っていたのだが」

「あぁ、彼は操り人形にすぎません。仕切っていた下久良がいなくなった上に、偽とはいえ家宅捜索で客を動揺させるという失態を犯した。もう表舞台に出てくることはないでしょうね」


 シーツから視線を戻した俺は、観測者へ今回の依頼の確認を進めていく。


「それで、主催者が持っていたというデータは?」

「はい、すでに回収しました。もうじき組織うちの処理班がここの後片付けに来ることでしょう」

「そうか。……千堂を救ってくれたこと、感謝する。こちらは足止めをされていて、お前がいなければ間に合わなかっただろうからな」


 流れるのは沈黙。

 珍しく答えに戸惑っているようだ。


「どうした、観測者?」

「あ、すみません。まぁ、……そうですね。実はその足止めであわよくば室さんが退場してくれたら、千堂さんは私のところに来てもらおうかなと思っていたのです。それなのに室さんてば、無傷でここにご登場してくるんですもの。一応うかがいますが、あなた襲われていますよね?」

「それを当人に話すというのはどうなんだ? それで遅れたと言っただろう。期待に沿えなくて悪かったな」


 少々不機嫌に言葉を返したのに、相手はまったく気にしていないようだ。


「いえいえ、私が気に入っているのは千堂さんだけではないので。こちらはいつまででも待てますから、どうかお気になさらず。それに……」


 くつくつと笑い、言葉を止めた観測者に嫌な予感を覚えながらも俺は問いかける。


「……何が言いたい?」

「いえいえ、室さんって千堂さんに手を出していなかったんだなぁって思ったら、なんだかおかしくって。下久良に襲われた時に彼女が言っていたんですよ。『初めては自分が納得した相手にする』って」


 この部屋に駆け付けた時、千堂は下着姿で気を失い、泣いた痕跡があった。

 手首に残った擦過傷から、相当に抵抗したのだろうとは見受けられたが……。

 

「……答えろ。千堂は、下久良にはどんな目に遭わされ……」

「何もされていませんよ。いや、正しくは下久良に唇を奪われそうになったんですけれどね。なんとまぁ、相手に頭突きをして見事に回避していましたよ。実に千堂さんらしい」

「なっ、頭突きだと……?」


 危機的状況だったとはいえ、あまりに破天荒はてんこうな千堂の行動に思わず言葉を失ってしまう。

 この娘は最初に俺の中に現れた時からそうだ。

 実に自由に、奔放ほんぽうに人の都合も考えないで行動していく。

 

「……まぁ、ある意味では実にあいつらしいな」

「ふふふ、そうですよね。……おっと、処理班が到着したようですね。お片付けの時間ですので、室さんは帰ってもらっていいですよ」

「言われなくてもそのつもりだ」

「私はもう少しここに留まります。千堂さんの目が覚めたらよろしくお伝えください」

「面倒だ。それは互いで勝手にやってくれ」

「おや、つれない。でもあなたらしいお答えですね。ではまた依頼がありましたらよろしくお願いします」

 

 その言葉に返事もせず、振り返ることもなく部屋から出ていく。

 招待客達は、観測者が流した偽の情報で既に逃げ出したらしい。

 会場内はしんと静まり返っている。

 処理班が来ている気配こそ感じるものの、こちらが退出するまでは姿を隠しているようだ。

 自分の足音しか聞こえない静かな会場を歩きながら、束ねていた髪を解き煙草に火をつける。


 なんとなしに立ち止まり、ゆらぎながら上る煙を見つめ、彼女が目覚めた際にどう説明するかを考えていく。

「助けが遅い!」だの「人の体を勝手に見るな!」だの、こちらの話も聞かずに怒鳴ってくるだろうか。

 あるいは己の暴走を反省し、しおらしく謝ってくるか。


 ――まぁ、どちらでもいい。


 心配せずとも彼女の顔を見れば、勝手に言葉は出てくる。

 いつも通りの自分の反応をみて、これまたいつも通りに彼女は怒鳴ってくる、ただそれだけだ。


 余裕で想像できるその姿とやかましさに、ため息とともに吐き出した煙が静かに空へと上っていく。

 再び煙草を吸い込むと、今度は煙と共にぽつりと言葉が零れ出る。


「まぁ、退屈よりはいいのかもな」


 わずかな間、自分の周りを煙と言葉が揺蕩たゆたう。

 それを見届け、俺は会場を後にするのだった。



―――――――――――――――――――――――――――――

お読みいただきありがとうございます!

こちらのお話にて、「礼服編」は完結となります。 


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