第6話 纏うは礼服 惑うは心 その3

 緊張はしている。

 だがいつまでもそうしているわけにはいかないと、しも久良くらさんへ私は声を掛けていく。


「ありがとうございます、下久良さん。お声がけのおかげで少しですが緊張がほぐれました」


 私の言葉に、彼女はどうしたことか驚いた表情を見せてくる。


「下久良さん、どうされたのですか?」

「あの、……大変にぶしつけなことをうかがうのですが」


 笑みを保ったままで私は答える。


「どうかお気遣いなく。それに私に対してそんなにかしこまらないで下さい。私、こういった場所に不慣れなのです。だからきちんとふるまえるように、アドバイスを頂けたらとても有難いのですが」


 下久良さんはその言葉にうなずいている。


「そうですか。実は先程からの美里みさと様の私に対する対応が、どうもこの場に来る女性にはないものだと思っておりましたので」

「あ、……やっぱり私のような華やかな場所に慣れていない人間が、ここにいるのはおかしいですよね」

 

 無意識に場違いな行動をしてしまっていたのだろうか。

 思わず私は肩を落としてしまう。


「違いますよ。あなたのような素直な方が、どうしてここにいるのかと思ってしまったのです。私のようなスタッフにこうして優しい声かけをする方は、このパーティーではあまりお見掛けしないタイプだったものですから。それに、……パートナーの方からここに来る意味も、聞いていらっしゃいますでしょうに」


 同情の含まれた声に私は、浮かべていた笑みを消し答えていく。


「このパーティーでは、男性は自分以外のパートナーにも声を掛けて楽しんでも良い。……というお話ですよね」


 観測者から最初に話を聞いた時には、こんな下らないことが行われるのかと怒りを超えて呆れがきたものだ。


『このパーティーで集められる女性は二つのグループに分けられます。一つ目は招待客のパートナーとして参加する人達。千堂さんはこちらに含まれますね。そして二つ目は招待客を楽しませるために呼ばれる女性達です。どちらもその主催会社のランジェリーを着用しますが、一つ目のグループは、きちんとドレスを着てパーティー会場へ。二つ目のグループは、そのランジェリーのみを着用し、招待客を別室にて「接待」することになります』


 下久良さんに言われた奥の部屋に入るなという警告を私は思い出す。

 つまりはその部屋で男性客に対して『特別な接待』とやらが行われるということなのだろう。


 当初、室と仕事をするはずだった女性は、二つ目のグループとして送り込まれる予定だった。

 だがこのパーティーの内容を知ったその女性は、この情報で多額の金が手に入ると浅はかな考えを起こしたらしい。

 愚かにも室たちが所属する組織『落月らくげつ』に、口止め料を払わねばパーティーの存在を世間に公表すると脅迫してきたというのだ。

 当然ながら落月はそれを拒否。 

 組織の力を見誤った彼女は今、どこかの土の中で一人静かに眠っているらしい。

 そんな一連の出来事を思い返しつつ、私は言葉を続けていく。

 

「彼が自分以外の女性を選び過ごすかもしれない。もちろんその可能性はあると聞いています。でも、それでも……」

「あなたのような純粋な方が、好いてもいない男性に触れられたり、あるいは不快な行動をされるのかもしれない。そうわかっていても来たということですか?」


 責めるとまではいかないが、強めの口調で下久良さんは私へと尋ねてくる。

 この人はきっと、私のことを心配して聞いてくれているのだろう。

 私は目を伏せ、彼女にどう答えようかと考えていく。

 

 ここまで心配してくれた彼女になら、素直な気持ちを出してみてもいいかもしれない。

 自分の心の内を確認するように、私は思いを伝えていく。


「それでも彼のそばにいたい。彼の隣にありたいと、……私は願ってしまうのです」


 これが好意や愛情といったものなのかは、今はよくわからない。

 あくまでこの思いは私という存在を、この世に留めることを許してくれている感謝からかもしれない。

 けれども、そう願う気持ちが自分の中にあること。

 これだけは否定したくなかった。

 そんな私に下久良さんは、複雑そうな表情を向けてくる。


「ここに来る方たちは奔放ほんぽうな方が多いです。このパーティにおいては、参加したパートナーを変えても構わないという暗黙のルールがあります。もちろん双方の同意が無ければそれは成立しませんが、男性は強引な方も多いのです」

「大丈夫です。力では勝てないかもしれません。ですがこう見えて私、逃げるのは結構得意なのですよ」


 その場で両腕を走るかのように前後へ振って見せると、下久良さんは「まぁ」と呟くと笑顔になる。


「ふふ、面白い方ですね。私は健気な女性が好きなのです。あくまで自分はスタッフの一人ですので、おそばにいることは出来ません。ですが、あなたが他の男性に嫌なことをされないように努力はしようと思います。さて、パーティーに向かうための準備を始めましょう」

 

 部屋の奥へと私を促しながら、下久良さんは部屋を仕切っているカーテンを開く。

 その奥には通路を中心として、いくつもの小部屋があるのが目に入る。

 そのうちの一つの部屋へと、私は彼女と共に足を進めていくのだった。

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