第7話 纏うは礼服 惑うは心 その4
「
私にスリップを手渡しながら
事前準備として、この会社の系列の店で私のボディサイズの採寸は済ませてあった。
フィッティングルームにはその調整を終えた下着がすでに準備されており、自分は今そのブラジャーとショーツを身につけただけの状態でいる。
下着が入っていた籠にはガードルやコルセットも入っていたのだが、下久良さんはそれらを私に渡すことなく備え付けの棚へと片付けていくではないか。
「あの、そちらを着けなくてもよろしいのですか?」
「うーん、ご希望でしたらお付けしますけれども。今までのお話を聞くに、美里様は普段そういったものを着けていらっしゃらないですよね。あなたはこれらが無くても十分に美しいスタイルをお持ちですから。緊張で気分が悪くなった時に締め付けていると、悪化するということも考えた私の判断でしたが……」
申し訳なさそうに伝えてくるが、これは下久良さんの配慮による行動なのだろう。
その気持ちに感謝をしながら、私は渡されたスリップを眺めてみる。
セージグリーンのスリップは、光沢感のある生地でワンピース型のものだ。
胸元には美しい刺繍が施され、華やかなレースデザインはたしかに女性の心を惹きつけるものがある。
身につけてみれば、するりと私の肌を撫でていくその感触は、実に心地良い。
他の人に見えることはないとはいえ、華やかな存在感を放つこのランジェリーを身につけているということで、いつもとは違う優雅な気持ちになれるものだ。
鏡に映った自分を見つめ、そう考えていた私に下久良さんから声がかかる。
「やはりボディメイクをしなくても美里様は素敵ですね。ではこちらのドレスに着替えていきましょうか」
その言葉と共に下久良さんが運んできたのは、ブルーネイビーのロングワンピースドレスだ。
袖の部分の透け感のあるレースが上品にあしらわれた美しいドレスに思わず「わぁ」と子供の様に呟いてしまう。
そんな私の行動を見て、下久良さんはくすくすと笑っている。
顔を真っ赤にしてうつむいてしまった私へと、彼女は優しく声掛けをしながらドレスを
最後に背中のファスナーをゆっくりと上げ終えると、下久良さんは私の肩に手を置き体のラインをなぞるかのように撫ではじめた。
慣れない感覚にぞわりと不快な感覚が襲うが、これも調整なのだろうと身体を固くさせたまま、彼女の手の動きが止まるのを待つ。
「うん、お体に当たる部分でのずれもなさそうですね。違和感などはありませんか? なければこのまま会場へとお送りすることになりますが」
その言葉に、失礼な感情を抱いてしまった自分を恥じながら私は答えていく。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
後ろめたさもあり、予想以上に深々と頭を下げてしまう私を下久良さんは優しい眼差しで見つめている。
「本当に可愛らしいお方。どうかあなたが今日、男性によって嫌な思いをしないことを願うばかりです。では最後の仕上げと参りましょう」
そういって十センチ角の正方形型の箱を持ってくると、そこからネイビーシルバーのブーケコサージュを取り出した。
「ドレスのワンポイントとして申し分ないかと。きっと華やかさに磨きがかかりますよ」
そう言って私の左胸にコサージュを留め着けると、一歩下がり私を見て満足そうに何度もうなずくと手を差し伸べて来た。
「ではご案内いたしましょう。どうか楽しく過ごして頂けますように」
私はこくりと一度うなずきながら、彼女の手をみつめる。
気恥ずかしさはあるものの、その手を払いのける勇気は私には無い。
下久良さんは、そっと添えるように乗せた私の手をしっかりと握ってから歩きはじめる。
空いた手でフィッティングルームの扉を開く彼女に誘われ、私はメインの会場へと向かうのだった。
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