あの~。品川城門前にランチェスターの法則を無視する奴らがいるんですけど




 1556年1月8日

 武蔵国品川湊。鎌倉街道で北へ500m。



 目の前の港町で死闘が繰り広げられている。

 関東一二を争う交易港を取り合う大胡と武田との攻囲戦。攻めるは甲斐武田の精兵4500。守るは大胡の副将、長野業政なりまさ様が率いる800。


 前日の大砲対飛砲(カタパルト)の砲撃戦で、強大な攻撃力を誇っていた大胡の8門の大砲が火薬切れを起こした。

 いまだに散発的に銃撃をしているけど、それももうすぐ止む。あとは弩弓での射撃しかない。


 それも終われば武田の軍勢が、品川湊を囲む5mのレンガ製急造胸壁を超えて街に侵入。城門を開けられてしまえば、そこで戦いは終わる。


 大胡の本隊8000は、この北48kmの狭山丘陵で武田晴信率いる16000と対峙している。

 本来なら、その主要決戦場に居なければならない政賢様は、兵力を割かずに私達狙撃兵大隊だけを連れて救援にきた。


 なんて危ないことをするの?

 と、思ったけれどその目的と意図は冷静になれば分かる。このまま品川を見捨てれば大胡の威信は急降下。だけど大きな兵力をこちらへは持ってこれない。しかも間に合わないかもしれないわ。遠すぎる上に、途中で妨する伏兵がいる。



「武田の品川攻囲部隊は副将の武田弟、信繁君が取っているけど、これちょうどよい機会だから首取っちゃお~」


 そのために私達、別名『八咫烏の民』だけ選ばれて連れてこられた。勿論この名前は、変な名前が好きな殿さまの命名。

 第2中隊を任せた鈴木重秀だけが、満足そうな顔をしていたけど、理由は聞かないで置いた。


 私達48名のほかは親衛隊の隊長と選抜隊10名。総員60名で夜道を騎馬で駆けてきた。危険だったけど、先行した真田様配下の素ッ破が付けてくれた白い目印の布で、道がわかったので意外と楽だった。



「殿の馬印を立てぃ! 赤煙弾、品川へ向けて4発。品川の皆に殿が救援に駆けつけたこと伝えよ。そして武田には『首取り大胡』が参上したと知らしめよ!!」


 親衛隊長、上泉伊勢守信綱さまが誰も発せられない程の気合いを込めて下令する。


 鏑矢の原理でびょうびょうと大きな音を立てて棒火矢(ロケット弾)が南へ飛んでいく。殿さまが上泉様よりも大きな声で大見栄を切り、相手を挑発し始めたわ。



「や~、元気してる? 必死で戦っている所、悪いんだけどさ~。これで終わりにするよ。今、こちらへ武田本隊を蹴散らした大胡の本隊が向かってきている。

 信繁君、降伏するなら今のうちだよ。降伏すれば武田は滅ぼさない。

 だけど無視するなら、武士階級を根絶やしにする!

 覚悟せよ!

 さあ、イエスか、ノーか」



 真田幸綱様配下の素ッ破の防諜網によって武田は戦場を把握できていない。本隊の様子は分からないはず。

 おちょくられた武田の後備えがこちらへ方向転換。

 部将は諸角虎光。兵は足軽と弓兵合わせて600。



「え~と。武田の武将さん達。正気ですかぁ?

 そのくらいの数では、この『首取り大胡政賢』を討ち取る事、無理じゃないかな? せめて10000人くらい兵を集めて出直してくださいな」



 私は、また鬼の指揮官を演じる。


「あのうねを敵が踏み越えたら、各自狙撃開始。

 指揮官を殺れ。あいつらは、まだ兜なんか被っているからよく目立つ」


 隊員たちはニヤリと笑いながらハンドサインで「応」と返事。

 ほんと、戦が好きな人達。好きになれないわ。



 敵はこちらが寡兵だと知ったのか? 急迫してくる。

 言葉合戦に負けたわね。

 冷静さを欠いて勝てるはずはない。

 大声で指揮を執っている徒武者がどこにいるかが丸見え。

 見切ったわ!


「第2中隊、敵左翼の指揮官を殺れ。第3は右翼。第1は中軍の敵大将と馬廻りを仕留める。第4は撃ち洩らしを片付けよ」


 息を殺して、ハンドサインで作戦を伝達する。


 武田の最前列が60m先の畝を超える。

 各自狙撃開始。散発音と共にバタバタと敵指揮官が倒れていく。


 敵に動揺が走る。

 爽快そうかいなほど、うまく行くわね。

 足軽頭が動揺した足軽たちを統制しようとする。いいカモね。

 それを狙った第4中隊からの12発が次から次へと彼らを屠っていく。


 2人逃げ出した。

 詩歌と私が、軽く狙いを定めて後頭部を撃ち抜く。

 これで決まった。

 裏崩れの連鎖。


 後方の味方が逃げ出すと、自分だけ取り残される恐怖に狩られて兵は逃げ出す。これが後ろの兵を巻き込んで敗走に移る。これを止められるのは相当な練達な指揮官のみ。



「ありゃ~。敵の総大将、信繁君。出木杉弟ですね~。裏崩れ止めちゃったよ。さ~てどうする?」


 それはそれは楽しそうにはしゃいでいる殿さま。

 最近、馬に乗れるようになって戦場が見渡せるようになったと言って、とっても喜んでいらしたわ。でもまだ重い甲冑は着られないとかで、剣聖とも言われる上泉様が飛んでくる矢をことごとく切り捨てている。


「殿。品川北には武田の軍勢少ないようにございまする。南が主攻正面かと。中央に(武田)典厩信繁と山本勘助1200。東に小宮山昌友300。西に馬場信春400。四散した後備え600。計2500。南に2000は行っているかと」


 上泉様と殿が作戦を立てる。


「よ~し。残るは2000弱。信繁ちゃんを射程に収めるまで行けそう? 蘭ちゃん」


 どうだろう?

 ここから300m。

 100mは最低進まなければ。余裕を見て150m。


「大隊長。進言しますぜ。第5攻撃隊形で強襲、途中で第2防御陣型。迎撃しましょうか」


 鈴木孫市(勝手に殿さまが名前付けちゃった)第2中隊長が進言してくる。


「お~、それ行ける? カウンターマーチだぁ!」


「殿が、そうお望みとあれば」


 って、ついついかっこつけて言っちゃったけど……

 ……何人、戦死するだろう。


「背負子重かったでしょ? みんな。あれの出番だよ」


 ??

 何言ってるのかしら。

 周りを見ると隊員みんながニヤリと笑っている。


「ごめんよ~。蘭ちゃん。こんな時のために装甲板を背負子に付けてもらったんだ。黙っていたのは、蘭ちゃんもしょいたがるから。無理しないこと~」


 ……そうなんだ。

 なんだか最近、みんなの目線が温かいんだ。

 私が無理している事をみんな知っている?


「無理するなって。大隊長殿。俺たちができることは俺たちがやる。大隊長殿は俺たちが出来ないことをやって下せえ」


 第3中隊長の杉谷善住坊が、何だか優しい声をかけて来る。


「む、無理はしていない! 私は鬼の大隊長だ! また蛆虫に戻りたいのか貴様らは!」


「おねぇ。涙拭け」


 詩歌が手拭いを差し出して来る。

 周りの景色がにじむ。


「貴様ら、どうしてくれるんだ! これじゃ照準が付けられないだろうが! 責任取れ。カウンターマーチで地獄まで行進だ!!」



 応!!!


 と、男どもの野太い声。

 皆、愛用銃を振りかざし、意気軒高だ。



「いってらっしゃい。蘭ちゃん。いや、鬼の大隊長。命令、武田典厩信繁の首を狩れ!」


「さーいえすさー!!」


 さあ、いつの間にか眼に入った水をふき取り、戦闘行動開始だ!




 ◇ ◇ ◇ ◇



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