暗殺者の条件
あざね
第1章
プロローグ 誰も、その少年の姿を知らない。
「や、やめてくれ……! わ、私が何をしたって言うんだ!!」
「知らないよ。ただ、依頼人がキミを邪魔に思っているみたいだ」
一人の少年が、ナイフを片手に貴族男性の前に立っていた。
淡々とした口調で語る彼に対して、恰幅の良い貴族は必死に訴える。
「い、良いぞ! 貴様が私の味方になると言うなら、その依頼人の数十倍の報酬を支払おう! わ、悪い話ではないだろう!?」
「………………うーん」
それを耳にして、暗殺者の少年は少しだけ考えた。
今回の依頼で受け取る金額は、成功報酬として金貨五十枚。それ以外にも様々な条件があったが、基本となるのはその額だろう。仮に目の前の貴族が言葉通り、報酬を支払うとすれば金貨は数百枚以上に膨らむ計算になった。
簡単に見積もっても、一般平民が生涯遊んで暮らすに足る金額だ。
しかし、少年は一つため息をついてこう口にする。
「悪いけど、さ。ボクに必要な金額は、アンタには払えないよ」
ナイフの刃にそっと指を当てながら。
すると貴族男性は、一気に顔を青ざめさせて叫ぶのだ。
「だ、誰かいないのか!? わ、私を助けろ!!」
「あー……無駄だよ。だって――」
だが、それを遮るように。
暗殺者は一歩、また一歩と男性のもとへ歩み寄って言った。
「みーんな、ボクが殺したから」――と。
◆
――暗殺者の条件とは、なにか。
「一つに、暗殺技術が挙げられるだろう。それがあれば、一介の冒険者や傭兵、あるいは騎士にだって遅れを取ることはない」
だが、もしも身体能力にさほど恵まれなかったとしたら。
「二つに、隠密スキルが必要になるな。それがあれば、自身より身体能力に勝る相手が現れても、急場しのぎになるだろう」
なら、そのようなスキルも神から授けられなかったら。
「それでも、暗殺者になりたいなら。必要なのは――」
「誰よりも『普通』であること、でしょ?」
「――その通りだ、レウ」
王都の外れにある小屋の中。
眼鏡をかけた背の高い一人の青年と、レウと呼ばれた少年が話していた。いったいどうして、そのような話になったのだろうか。それはきっと、二人にも分からない。
彼らの会話というのは、決まって他愛のないものばかり。仕事にかかわるもの以外であれば、ある特定の事項を除いて、謎かけのようなものばかりだった。
「……それで、アッシュ。この前の依頼での報酬、ちゃんと入ったの?」
「あぁ、滞りなく。無論、レウの素性などは一切バレてないよ」
「当たり前だろ? それが仕事なんだから」
どこかウンザリとした口調で、ソファーに寝そべっていたレウは身を起こす。
そして、黙々と書類を片付けるアッシュを見た。端正な顔立ちに、不釣り合いに思えるほど大きな黒縁眼鏡。赤の髪を後ろで一つに束ねた青年は、小さく笑った。
「ははは! それが仕事、か。本当にキミは、どこまでも普通だな」
彼は少しばかり不服そうに頬を膨らすレウに、こう問いかける。
「やっていることと、考え方の齟齬が激しいとは思わないかい? 涼しい顔で人を殺し、それでいて人殺しを悪と思いながらも仕事と割り切るのだから」
「うっさいなぁ……」
するとレウは、不機嫌を隠そうともせずにアッシュを睨んだ。
正直なところをいえば、自分でも考えたくはない事柄、なのだろう。仕方ないと割り切っているとはいえ、少年の心にも良心は存在していた。
人を殺めるというのは、すなわち相手の今後、可能性を奪うことに他ならない。さらには遺族が残される場合もある。これを生業としてから、レウは幾度となく死者を前に涙する家族を目の当たりにしてきた。
「それでも、ボクはやらないといけないんだ」
「あぁ、そうだね。でも、正確には――」
そんな光景から目を背けるようにして、レウが言う。
するとアッシュは、それを肯定した上で続けるのだった。
「キミだけではない。私たち二人で、だよ」――と。
それを聞いて、少年はポカンとした表情を浮かべる。
そして、呆れたように頼むのだった。
「……アッシュ、お前って昔からそのキザな言い回し好きだよな。そろそろキツイから、やめてくれないか?」
そうすると、次は青年が小さく笑って答える。
「それを言うなら、レウだってそうだ。いい加減、どんな顔をしているのか教えてくれよ。相方の顔を知らないのは流石に不味いだろう?」――と。
実際のところ、アッシュは未だにレウの顔を知らない。
正確には、記憶できない、ということだが。
「……ばーか、それはそっちで努力しなって」
レウはそう言うアッシュへ、小馬鹿にするように答えるのだった。
――――
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