第50話 3.がとーしょこら色の思い出(22)
「では、行きますよ〜。はい、三、二、一〜」
小鬼の掛け声に合わせて、僕は前回同様目を瞑り、もう一度大きく深呼吸をする。僕の吐く息の音に合わせて、ジュウと肉の焼ける音が耳に届いた。
音が聞こえなくなり、しばらくして目を開ける。右膝を確認すると、前回の焼印の右斜め下あたりに新たに赤く焼け焦げた小さな傷が一つ出来ていた。
「はい。終わりました〜。お疲れ様です〜」
ビビりながら焼印の確認をしている僕に、小鬼は声をかけて一礼すると、事務官小野の傍へ駆けて行き一歩下がって待機の姿勢をとった。
小鬼が定位置についたことを確認した事務官は、僕に向かって事務的な声で質問を投げかけてきた。
「古森。本日の研修は、どうであった?」
「あ、あの……」
僕は、咲との出会いで感じたことをどう話せば良いのかと思い悩み、しばし口籠る。
事務官は例の端末で何やら確認しながら、しばらくの間沈黙を守って僕の回答を待っているようだった。
しかし、モジモジとしている僕に痺れを切らしてか、事務官は唐突に質問を終了させた。
「まぁ、良い。データ報告によると、何か思うところがあったようだな。詳しくは小鬼から後ほど聞くとする」
事務官小野は端末から目を離すと、じっと僕を見る。まるで値踏みされているようで、僕は少々居心地の悪さを感じた。
沈黙が苦しくて、こちらから何か声をかけるべきかと思い悩んでいると、不意に事務官が口を開く。
「古森。どうだ? 明日以降も研修は続けられそうか?」
その声は、これまで聞いてきた事務的な硬い声とは少し違うような気がした。こちらを気にかけている、そんな柔らかさを含んでいるように感じられる。
もしかしたら、データ報告とやらから僕の心情のあれこれを察したのだろうか。
だとしたら、やはり、冥界区の個人情報丸見え問題はとても恐ろしい。
「はい。大丈夫です」
僕は極力平静を装って事務官に答える。
「そうか。では、明日以降も滞りなく研修を進めるように。本日の研修は以上とする」
いつもの事務的な声に戻りそれだけを言うと、事務官小野は指を一度鳴らしその場でターンをしてサッと姿を消してしまった。
相変わらずの淡白さに僕が反応出来ずにいると、いつの間にか僕の足元へと来ていた小鬼に声をかけられる。
「あの、古森さん〜。本日は出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした〜」
そう言って頭を下げる小鬼の視線になるべく近づけるように、僕は椅子から降りて膝をつく。
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