第49話 3.がとーしょこら色の思い出(21)

「古森さんは、本当にそれでいいんですか〜」

「うん」


 胸に渦巻いていたものを言葉にして吐き出したらスッキリとした。


 僕は、もしかしたら極度の人見知りを理由に、人と関わることから逃げていただけなんじゃないのか。


 保も咲も両親だって、本当は僕が向き合おうとすれば、歩み寄ろうとすれば、きちんと向き合ってくれたのかもしれない。


 今更そんなことに気がついた。もうやり直すことなんてできないのに。


「古森さんがいいと仰るのでしたらお部屋へ戻りますが、本当によろしいですか〜?」

「うん。大丈夫」


 小鬼は僕の返事を確認すると、首から下げた端末に何かを入力し始めた。


 手持ち無沙汰な僕は、咲から貰ったペットボトルを無意識に手の中で弄ぶ。


 それを見た小鬼がそっと声を掛けてきた。


「戻ると無くなってしまいます〜。せめて、今のうちに……」


 そう促され、僕はペットボトルに口をつける。口に含んだ水が口腔に残るカカオの風味を押し流し、全身を巡る気がした。


 ほのかな甘さに包まれながら僕は転送された。


 意識が僕の中に戻ってきて辺りを確認する。白一色の場所だ。どうやら宿泊所へ戻ってきたようだ。


 転送後のはっきりとしない意識の中でぼんやりとしていると、背後から冷めた声がした。


「本日も、ギリギリの戻りだな」


 僕は椅子に腰をかけたまま、体を後ろへ捻って声のした方を見る。僕の背後には、事務官小野が腕を組み神経質そうに立っていた。


「お待たせしました。小野さま〜。本日も、無事終了しました〜」


 僕の足元で小鬼の声がした。


「うむ。詳しい報告は、また後ほど聞こう。まずは認証印を」

「わかりました〜」


 事務官小野は、帰還の挨拶をする小鬼に相槌を打ちつつ業務指示を出す。それに小鬼はテキパキと応じる。


 まだ、ぼんやりとしながら彼らの会話を聞いていた僕の右脹脛ふくらはぎを、小鬼はチョンチョンと突きながら声を掛けてきた。


「古森さん〜。大丈夫ですか〜? ご気分悪くないですか〜?」

「ああ。うん。平気」

「では認証印を押しますので、右膝を出してください〜」


 小鬼の言葉に、僕はハッと目を見開きながら思わず体を引いてしまう。前回の経験から痛くはないとわかっていても、恐怖はすぐには無くならないのだ。


「古森さん〜。痛くないですから〜」


 焼鏝やきごてを手にしながら、小鬼は呆れ顔を見せる。


「う、うん。わかってる……」


 僕は大きく深呼吸を一つすると、ズボンの裾をまくる。露わになった右膝には前回の焼印が赤黒く残っていた。

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