第44話 3.がとーしょこら色の思い出(16)
僕は返す言葉が見つからず、目をパチクリとさせることしかできない。そんな僕に向かって、咲は言葉をつづけた。
「私、お兄さんの言葉に勇気づけられました。今回のことは、もしかしたらお兄さんの言う通りなのかもしれない……そうだったらいいなと思います。でも、今回は渡すのは見送ります」
「なぜ?」
「だって、誰だかわからないけれど、私よりも先に渡した子のガトーショコラの方がきっと美味しいから。自信をなくした物を渡すくらいなら、次回、また自信をもってチャレンジします」
咲は目を爛々と輝かせ、不敵に笑って見せる。
咲の強気な一面を見て、これまで僕は咲のほんの一部しか見てこなかったのかもしれないと思った。僕の知っている咲は、いつだっておっとりとした女の子だった。こんなに強気な咲は見たことがなかったけれど、まっすぐ目標を定めて前へ進もうとする姿はとても魅力的だと思った。
僕の知っている咲と、今、目の前にいる咲が、同じでも同じじゃなくても、彼女はやっぱり魅力的な人だ。
そんなことを思いながら咲をまじまじと見つめていると、咲はニッと笑ってフォークを手にする。
「さぁ、食べましょう! コレは、素敵な助言をくれた、お兄さんへのお礼です」
「う、うん」
咲につられて僕もフォークを手にすると、紙皿に置かれたガトーショコラを小さくカットし、口の中へ運ぶ。
途端に、カカオの香りとちょっと強めのほろ苦さが口いっぱいに広がった。
「う、にっ、がー」
咲が顔をしかめた。確かに、ビターというか香ばしい。たぶん、ちょっと焦がしたのだろう。でも、僕は平気な顔で食べ進める。
「そお? ビターで大人向けな感じだよ」
「お兄さん……? 苦いですよ、コレ。完全に失敗です」
咲は、涙目でジトッと睨んでくる。
僕たちはしばらく黙ったまま視線を合わせて、それから同時にプッと吹き出した。
「ちょっとね。ちょっとだけ、苦いかな」
「ですよねー。あ〜あ。失敗してたか」
なんだかんだと言いつつ、僕たちはケーキを食べ尽くした。
紙皿やフォークを処分している咲を見ていたら、ふとある言葉が思い出された。
「あれ? さっき、ケーキは助言をしたお礼って言ってたけどさ、最初から僕が処分するって話になってたんだから、お礼にならなくない?」
僕の言葉に、咲もはたと気がついたようで、片付けの手を止めた。
「あ、本当ですね。そういえば、お水をあげた私にお兄さんがお礼をしてくれるんでしたね」
咲の言葉に僕は頷く。
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