第43話 3.がとーしょこら色の思い出(15)

 ここは黄泉の国の体感ルームとやらで、もしかしたら、現世での人間関係とは少し違うのかも知れないけれど、それでも、二人の関係だけは変わらないような気がした。


 二人の間に僕が入る隙間なんてない。僕は所詮、彼女にとって行きずりのお兄さんなのだから。


 そんな僕にできる事は、僕の横でグズグズと鼻を鳴らしている、僕のかつて好きだった人を元気付けることくらいだ。


「きみの年頃の男子なんて、恋愛を冷やかすヤツは多いし、冷やかされるのがイヤで、つい心にもない事を言ってしまうヤツもいるから、気にする事ないよ」

「そ、そうかな?」

「うん。絶対に本心なんかじゃない! 僕が保証する」


 僕は、努めて明るく宣言する。


 そんな僕を見て、咲は一度大きく鼻を啜ると、大きな口を開けて笑い出した。


「アハハハ……ウフフ……」

「な、何?」

「フフ。だってお兄さん、私たちのこと何も知らないくせに、まるで知ってるみたいに自信満々だから、つい可笑しくて」

「確かに」


 含み笑いがおさまりそうもない咲につられて、僕も咲を見ながら自然と笑った。


 しかし、そんな状況に僕は微かな違和感を覚える。


 咲は、もっとおっとりと話していた気がする。咲はいつからこんなにさっぱりとした話し方をしていたのだろうか。そして、僕はいつから、咲の爪先を見ずに話をしていたのだろうか。


 僕らは、自身の変化に気が付かないほど自然に、一緒の時を過ごしていた。


 それは全然窮屈なことではなくて、むしろ、とても心地好い気がした。


 生きている間にもっと咲と話をすればよかった。爪先を見つめるだけでなく、もっと咲の顔を見ればよかった。


 僕の中に、薄らと悔いが広がる。


 そんな思いに気が付かないフリをして、僕は、咲に最終確認をする。


「それで、この、上手く作れたケーキはどうする? やっぱりする?」


 僕の問いかけに、咲は、眉根を寄せてしばらく考え込む。そして、納得いく答えを出したようだった。


「はい! 処分してください!」

「えっ!? いいの?」


 僕は、予想に反した答えに驚いた。


 てっきり、「やっぱり渡しに行く」と言い、紙皿の上のガトーショコラ は回収されるのだと思っていた。


 呆然と咲を見つめると、あの華やかな笑顔全開で、頷いた。


「いいんです! 食べちゃいましょう」

「どうして? 今から、もう一度渡しに行けばいいじゃない?」

「だって……」


 咲は、華やかな笑顔の中にいたずらっぽさを滲ませる。


「だって、お兄さんに食べてもらいたいんです!」

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