第45話 3.がとーしょこら色の思い出(17)

「そうそう。でもお礼はいいから、代わりにケーキを処分してくれって言う話だったと思うけど?」

「なんかもう、ややこしいですね。じゃあ、お水をあげたお礼に、お兄さんは私に助言をしてくれたってことにしましょう。ケーキは……」


 咲はしばし考えてから、ニカっと笑う。


「ケーキは、私たちが出会った記念って事でどうですか?」

「アハハ。なんだよ、それ。記念とかいるかなぁ?」

「えー。ダメですか?」


 咲は軽く膨れっ面をして見せてから、プッと吹き出す。


 そんなコロコロと変わる咲の表情を、僕はきちんと目に、そして心に焼き付ける。僕が出会った最初で最後の沢山の咲を、どれ一つ見落とさないようにしっかりと見つめる。しかし、何故だか視界が霞んでよく見えない。


 そんな僕を不思議に思ったのか、咲は軽く小首を傾げる。コレは僕もよく知っている咲の癖だ。


「お兄さん?」

「あ、ううん。なんでもない。ちょっと目にゴミが入ったみたいで」


 そう言いながら、僕は素早く上を向いてパチパチと瞬きを繰り返す。幸い涙は零れなかった。


「ええ? 大丈夫ですか? 擦ったらダメですよ?」

「うん。大丈夫、大丈夫」


 何度か瞬きを繰り返してから目を閉じた。目頭にじんわりと熱を感じる。なんとか熱を落ち着かせてから、顔を正面に戻して目を開けると、心配顔の咲と目が合った。


「もう大丈夫だよ」


 僕は精一杯の笑顔を咲に向ける。咲も安心したように花のような笑顔を返してくれた。


「あの、お兄さん。私、そろそろ……」


 帰り支度を済ませた咲は、名残惜しそうに言葉を濁す。


「そっか。そうだね」

「あの。また、お話しできますか?」

「う〜ん。それはどうだろう」


 咲と会う事はもうないだろう。でも、そんな事を言って寂しい気分にさせることもない。


のことは、神のみぞ知る、ってね!」


 僕は無理に明るい声を出した。


 咲は一瞬ポカンという顔をしてから、今日一番の笑顔を見せてくれた。


「そうですね。先のことは神のみぞ知る、ですね。そう思いながら、また偶然お兄さんに会えることを楽しみにします」


 咲はそう言ってペコリとお辞儀をすると、スクッと腰かけていたベンチから立ち上がる。


 そんな咲を見上げながら、僕はふと思いついたことを口にする。


「ああ、そうだ。もし今度彼に差し入れをするなら、シュークリームにしなよ」

「シュークリームですか?」

「うん。シュークリーム」

「なぜですか?」

「う~ん。なんとなく」


 僕はとぼけた感じで答えを濁す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る