第41話 3.がとーしょこら色の思い出(13)

 このケーキを僕が食べることを、だと咲は言った。つまり咲は、このケーキの存在を無くしてしまいたいのだ。しかし、せっかくの努力を無駄にはしたくないから、捨てる事ができない。だから、僕なんかに食べてくれと言うのだろう。


 紙皿の上のケーキをボンヤリと見ながら咲の心を推測していると、隣に座る咲は上ずった声を出した。


「い、嫌だなぁ、お兄さん。べ、別に食べてもらいたい人なんて、いないよ。全然。もう、何、言っちゃってんの?」

「違っていたなら、ごめん。でも、女の子ががんばってスイーツを作る時は、食べてもらいたい人がいるからだと相場は決まっているんだよね」


 特に、きみの場合は。


 そう心の中で言葉を足すと、僕はゆっくりと咲の方へ顔を向けた。そのまま黙って視線を合わせる。


 しばらく黙って見つめ合っていると、咲は根負けしたようだった。足を前に投げ出し、天を仰ぎながら少し悲しそうな声を出す。


「あーあ。そういう事は、気づいても言っちゃダメなやつですよ?」

「うん。そうだね。ごめん」

「……でも、当たりです」


 咲は上を向いたまま、小さな声でつぶやいた。


 その咲の小さな呟きは、僕の心に大きくのし掛かる。僕の心を押し潰さんとする、小さくて大きいその呟きを、僕は咲に気づかれないようにため息と一緒に吐き出した。


 それから、何でもない風を装って話を続けた。


「好きな人だろ? 食べてもらいたい人って?」

「……そう……ですね」

「渡さなくていいの?」

「……渡せなかったん……です」


 咲は見上げていた顔を俯ける。そして、手にしている紙皿の両端をギュッと握りしめた。


「どうして?」


 僕は、極力感情を排した声を出す。


「……だって、迷惑だって……」


 咲は鼻声になるのを耐えるように、声を絞り出す。


「っ!! アイツ、そんな事言ったの?」


 僕は思わず声を荒げる。そんな僕にびっくりしたのか、咲が顔を上げた。


「えっ?」

「あ〜、いや〜、何でもない」


 僕は一つ咳払いをする。


 コレで誤魔化せるだろうか。冷や冷やしながら咲の様子を伺うが、咲は僕の声に驚いただけのようで、僕が声を荒げたことについては気に留めていないようだった。


 咲はどこを見るともなしに、遠くへと視線をやり、ポツリポツリと話し始めた。


「私、実は、あんまり料理得意じゃないんですよ……」

「うん」

「でも、今日の調理実習は、ちょっと気合を入れました」

「うん」


 咲が胸の内を全て吐き出せるように、僕は、小さく相槌だけを入れる。

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