第40話 3.がとーしょこら色の思い出(12)

 咲は可笑しそうに僕を覗き込む。僕は首を傾げるフリをして、まっすぐ射抜いてくる咲の視線を避けた。


「そ、そう?」

「まぁ、私たち知らない者同士ですからねぇ。用心するに越したことありませんけどね。実際、そんなどうしようもないイタズラをする人、私、知っていますし……」


 咲の声が少しだけ重たくなったような気がした。そんな咲をこっそりと盗み見る。咲の視線は僕から外され遠くの方へ投げられていた。


 僕も、そんなどうしようもないイタズラをする奴を知っている。咲が今思い描く相手は、おそらくアイツだろう。


 先ほどよりも沈んだ空気に耐えられなくなった僕は、脇に置かれたままになっていたケーキの箱に手を伸ばす。


「へ、変なこと言って、本当にごめん。き、きみがいいのなら、コレは有り難く頂くよ」


 そう言ったはいいものの、箱を開けるのに僕がもたついていると、僕の手に咲の手が重ねられた。


 ハッとして咲の顔を見ると、クスッと笑われた。


「お兄さん、不器用なんですか? 私がやります」


 咲は僕の手からケーキの箱を取り上げると、一緒に持ってきていたらしい紙皿に手早く盛り付ける。


「はい。どうぞ」


 咲に手渡された紙皿には、作りたてだというガトーショコラ が一カット載っている。


 僕はしばらくそれを眺めてから、核心に迫るべく口を開いた。


「お、美味しそうだね」

「ふふ。そうですか? ビターチョコで作ってありますから、甘さ控えめですよ」

「そ、そうなんだ。あ、あのさ、よくわからないけれど、ケーキって、作るの大変なんじゃない?」


 咲は自分の分を紙皿に取り分けながら、苦笑する。


「そうですね。実は、私には結構ハードル高めでした」


 咲は可愛い見た目をしているためか、料理好き、料理上手というイメージを持たれやすい。だが、実はなかなかの料理下手なのだ。


 そんな咲が調理実習とはいえ、ケーキを作って持ち帰ってきた。失敗していたら持って帰ってくるはずがない。僕は、咲がケーキを持ち帰ってきた理由を推測する。


「そっか。がんばって、作ったものなんだ?」

「はい! かなり、がんばりました!」


 咲は、少し誇らしそうに胸を張る。


「そっか。かなり、頑張ったんだ。……で、でもさ、だったら、本当は、食べてもらいたい人が、他にいたんじゃないの?」


 僕の言葉に、紙皿を持つ咲の指先がビクンと揺れた。


 やはり、そうか。


 咲の態度に、僕は一人得心した。咲がこのケーキを渡そうと思っていた相手は、たぶん、アイツだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る