第39話 3.がとーしょこら色の思い出(11)

 言葉を探して咲が珍しく言い淀む。そして、閃いたと言わんばかりにパンっと両手を打ち鳴らした。


「そう! お兄さんにケーキの処分をお願いしたいんです!」

「え゛っ……?」


 予想だにしなかった言葉に、思わず喉から変な声が出る。


 驚きのあまり何度も瞬きをしながら咲のことを見つめるが、咲の顔は真剣そのものだ。


「しょ、処分って……僕が、捨てる訳ではなくて、た、食べるんだよね?」

「はい!」


 咲は、僕の質問に大きく肯く。


「……も、もしかして……」


 僕は咲から視線を逸らすと、咲の爪先ではなく自分の爪先を見る。


 咲に限ってそんな事あるはずがない。絶対にない!


 そう自分に言い聞かせるけれど、最悪なことをどうしても想像してしまう。


「はい?」


 咲は可愛らしく首を傾げながらも僕に視線を向けたまま、言葉の続きを待っている。


「も、もしかして、い……」

「い?」


 九十九%あるはずがないと思っているのに、最後の一%の疑惑が僕の中を駆け巡る。


 僕は意を決して咲へ向き直ると、思い切って僕の中の疑惑を口にした。


「も、もしかして、それ、い、傷んでるの?」

「は?」


 咲は自分へ向けられた疑惑に、しばし目をパチクリとさせる。しかし、問われている内容に気がつくと、大きな口を開けて声を出して笑い出した。


「アハハハ……ウフフ……」


 咲のそんな姿に、今度は僕が目をパチクリとさせる。僕はこんな風に笑う咲を見たことがない。


 驚きのまま視線を咲に向けていると、咲は笑いすぎて滲んだ涙を人差し指の腹でスッと拭いながら、まだ笑いを含んだままの口を開いた。


「ウフフ……ハハ……ハァ、フゥ。あの、ごめんなさい。突然、笑ったりして」

「い、いや……うん」


 僕はまた咲から視線を逸らす。逸らした視線の先では、小鬼が退屈そうに欠伸をしていた。ジト目で小鬼の事を睨んでいると、僕の視線に気付いた小鬼がニカっと笑顔を見せる。


 くそ〜、僕だって暢気に過ごしたい!


 心の中で地団駄を踏んでいると、まだ可笑しそうに笑いを含んだ、それでいてハッキリとした咲の声が耳に届く。


「大丈夫です! 傷んでいません。さっき授業で作ったばかりですから」

「そ、そっか……ご、ごめん。変なこと言って」

「でも、お兄さんって結構変わってます?」


 怒るどころかのんびりとした咲の口調に、僕はピクリと耳だけ動かす。


「え?」

「だって。いきなり『傷んでるの?』とか、普通聞きます? まぁ、私が処分してなんて言ったのも、悪かったんでしょうけど……」

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