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それからネモが目覚めるまでの五日間。ウッドはフロスから旅の道中で見聞きしたペグ族に関する話を教えてもらったり、またこの何も無いように見える砂漠で生き抜く術を彼に習って覚えたりもした。
一度、フロスがウッドと剣を交えてみたいというので、互いに木刀で模擬戦を行ったが、千歳を超えたアルタイ族の動きとは思えないほどしなやかで力強く、またそれでいて全然音のしない所作に、ある程度自信があったウッドの腕は何度も折られてしまいそうになった。
またフロスは葉巻というものをウッドに勧めた。それはこの絶望の砂漠に生える独特の細長いサボテンの葉を乾燥させて棒状に巻いたもので、その先端に火をつけて煙を吸って楽しむものらしい。
だがウッドは一口煙を口に含んで直ぐに
ネモだけでなくウッドもまた、相当に体が疲れていたようで、五日目は半日以上眠りこけてしまっていた。
目が覚めたのは、奇妙な音と、ネモの小さな手が自分の頬を叩く音だった。
「もう、いいのか」
寝ぼけ眼の緩い声で尋ねたウッドに、ネモはにっこりとして大きく頷いた。
彼女は元気になったことより気になることがあるらしく、まだ寝ていたいウッドの耳を強く引っ張る。
「何だ」
尋ねても答えられないので、ネモはもう一度彼の右の耳を引っ張った。どうしてそんなことをするのか分からずに、とにかくウッドは上体を起こすと、改めてネモを見て「どうしたんだ?」と怒鳴ったりせずに尋ねた。
ネモは口が利けないながらも何とか説明しようとしていたが、その内にもウッドの耳はそれを捉え、耳に届いてくる何かをもっとよく聴き取る為にバタバタと羽音を立てるネモに静かにするように、その大きな手を
それは声だった。低い、とても低い声。まるで地響きがしているような、鈍い振動が続いていた。それは外から響いてくるようで、フロスが居ればいつもぴっちりと閉じている木戸は、今は薄く開いていた。
フロスの姿も無い。
何故かそれに怯えているようなネモの様子を見て取って、ウッドは彼女を懐に入れ、立ち上がった。その正体を確かめに、外へと出る。
穴の外に出ると一気に焼け付くような日差しで体温が上昇した。
その地響きに似た音は更に大きくなり、今ははっきりと誰かの声なのだと分かる。
太陽は天高くなり、見上げると眩しい。その岩山の頂上に彼は居るようだった。
ウッドは山頂までの道を探したがどこにも無く、
「しっかり掴まってろ」
ベストの隙間から顔を出しているネモに言い、岩肌に手を伸ばした。ごつごつとしたそれをしっかりと掴みながら、山頂を目指す。ゆっくりと眠ったからか体には力がみなぎっていた。
這うようにして斜面を登っていくと、やがて彼の方でもウッドに気づいたようで、その声は止んだ。
「フロス。今のは」
「聞いて、しまったかね」
ウッドは何と答えるのがいいか分からず、ただ黙って頷いた。胸元から顔を出したネモは初めて目にするフロスの顔を、真剣になってじっと見つめていた。
「そうか、聞いてしまったのかね」
もう一度呟いたフロスは、何度も目を
あれは何だったのだろうか、とウッドは今一度考えてみる。
低い声で何か言い続けていたが、それは誰かに話しているようでもあり、何かの儀式の祝詞のようでもあり、ただ闇雲に声を出しているだけのようでもあって、やはりよく分からない。
この五日の中では一度としてそのようなことをしているフロスは見ていない。
「今のが何か、分かったかね」
フロスは背を向けたまま、ウッドに訊ねた。
「いえ」
答えながらも、随分と早い回答だと思っていた。
「そうか……そうだな。分かる筈が無いな。君でさえ」
「すみません」
その何とも力の失われたフロスの背中に、ウッドは自分がとても彼に悪いことをしてしまったと感じて、直ぐに頭を下げた。だがその瞬間に火がついたようにフロスは振り向き、
「何故謝るのだ!」
と大声を上げてウッドに歩み寄った。
恐ろしく早い踏み込みに、ウッドは背中まで突き抜ける突風を感じた。フロスの顔は怒りに満ちているように思えたが、それだけではない、今のウッドには読み取ることの出来ない精神を内包していた。
「お、おぉ。君は……」
そんなフロスの頬に、ネモはその小さな手を当てた。
「何だというのだ」
ウッドには見えなかったが、ネモはフロスに何かを伝えようとしているらしい。
「分かった……君にはあれが分かった、というのか?」
ネモは大きくゆっくりと一つ、頷いた。
その途端、だった。大きな
「そうか、分かったのか。ペグ族に、伝わったのか。わしの……」
泣きながらフロスは一体何と言っただろう。わしの、そう、わしの。
――うた、が。
あれは歌だったのだ。
フロスがずっと声を出していたと思ったら、それは歌を歌おうとしていたのだ。
勿論、ネモの歌を耳にしたことのあるウッドからしてみれば、それはとても歌と呼べるような代物では無かった。けれどペグ族のネモがそれを「歌」だと分かったのだとすれば、あれはあれで「歌」になっていたのかも知れない。
ただネモのそれとは随分と異なり、音はただ続いているだけで、波となってはいなかった。夢を見る心地に似たその感覚は湧いてはこず、ただザラザラとした不快感があっただけだった。
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