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そこまで言われて初めてウッドはその事実に思い当たった。長は、シーナはかつて、ペグ族の歌を聴いたことがあったのだ。
「あいつは夢の時間を自らの手で終わらせてしまった」
ずっと歌に聞き惚れていたフロスだったが、シーナはそうではなかった。彼はその手にした弓を引き絞り、一撃のもとに頂にいたペグ族の心臓を貫いた。
「何一つ
全く考えたことが無かった。ペグ族に遭遇したアルタイ族は押しなべて皆気が狂ったようになる。戦うことが出来なくなり、誰もが今までのように「アルタイ族」としては生き続けられなくなる。そうなのだと思い込んでいた。
だが今フロスが話したことが事実だとすると、ペグ族の歌を聴いても精神を乱さないばかりか、それを自らの手で断ち切ることが出来た者が居るということだ。
「シーナは言ったよ」
――俺たちにあれは必要ないものだ。
その出来事があって直ぐにフロスはシーナと別れた。
その後、フロスは各地を転々としてペグ族のことを調べた。彼はもう一度あの「歌」というものに触れたかったのだ。だがペグ族に遭遇したという逸話や伝説こそ各地には沢山あったけれど、ペグ族そのものに関しての研究成果は帝国の王立研究所に
そんな旅の途中、フロスはシーナと再会を果たした。それはシーナがメノの里を作ろうとしていた頃だった。久しぶりに会った旧友は、何だか随分と老け込んでいたとフロスは言った。
「わしは今一度、あの時何故、ペグ族を殺したのか。それを問い質したかったのだ」
シーナたちに協力し、メノの里を完成させた夜。フロスはシーナを呼び出してその質問を口にした。
「奴は何て答えたと思う?」
フロスは乾いた声で笑い、それからウッドに辛うじて聞こえるくらいの小さな、掠れた声でこう言った。
「恐かった」
それを耳にしてウッドが反応出来ずに黙っていると、今度はフロスが大口を開けて思い切り笑い声を上げた。
「わしと互角に渡り合った奴が、恐かった、だ。恐怖。そんな心をアルタイ族が持ってはならない。いや、少なくとも、シーナは持ってはならなかったのだ」
こころ。それは精神の状態を表す言葉だと、帝国軍時代に知り合った研究所の物知りな奴から教えてもらったことがある。その物知り曰く、アルタイ族というのはこの「こころ」が欠けていることがその強さを生み出しているのだという。
「わしはもう一度、あの歌に出会う為、この絶望の砂漠へとやってきた。あるところでわしにそう教えてくれた若者がおってな」
その若者も旅の者だったらしい。アルタイ族にしてはやけに小柄で最初はペグ族なのかと勘違いしたらしい。その若者は自分のことを「病気」なのだとフロスに教えた。あまり信じられてはいないが、手や足が無かったり、目が悪かったりする者はよく占術などで生計を立てていることが多い。その若者も例に
「その若者はわしに言ったよ。この絶望の砂漠で生き続けることが出来れば、いずれ歌虫の方からあなたの許へやってくるだろう、と」
フロスが最初にこの砂漠へやってきた時は本当に何も無かったそうだ。だが彼は方々から岩などを集め、十年以上掛けてこの岩の城を完成させた。時間は永遠に近いほどあったし、何より自分だけで何かをするということにフロスは慣れていた。
それからもう九百年以上、彼はここで待ち続けていたのだ。
「そしてやっと君たちと巡り合えた、という訳だな」
フロスはそこまで話すと満足げに
「ようこそ、わが城へ」
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