3

「俺は……」


 あの日から戦うことが出来なくなった。

 剣は握れる。木刀なら相手を打ち負かすことも可能だ。死ぬことの無い練習であれば、相手が誰であろうと負ける気はしない。

 なのに、いざ実戦となると、腕は剣へ伸びてくれない。

 己の大きな掌の上に出来た水溜りを見て、ウッドは苦笑するしか無い。

 何と呼べばよいか分からない、この目からこぼれる雫を見て里の誰もが「お前は里の恥さらし」だと言う。まるで寝小便の治らない子供のように誰もが近寄ってこない。一体だけ除け者でおまけに戦えないアルタイ族に与えられる仕事など、こんな墓守くらいなものだ。

 他の同年代の者たちの中には既に帝国でそれなりの部隊の長にまでなっている者もいると、噂で聞いた。

 生き恥を晒し続けて百五十年。

 それでもアルタイ族の本能は、自らの命を縮める行為を許さない。


 上から土を被せ、里の近くで亡くなった二体の仲間を埋め終えると、その小さく盛り上がった地面にそっと花の種を蒔いた。拳大ほどの大きさの種はここに来るまでに彼が拾ったものだ。

 埋めるだけが墓守の仕事だが、埋めてしまえば後は大地に戻るだけで誰一体としてこの場所にやってくる者は居ない。

 墓地といってもそれは遺体捨て場と同義だった。アルタイ族にとって生きていることこそ大事で、死んでしまった者に対して何かをしようなどとは、彼以外誰も思わない。

 立ち上がり、周囲を見ると、以前に植えた花が幾つか芽を出していた。もっと前に植えた花は既にウッドの背を越えるまでに成長してしまっている。

 沢山の仲間が死んだ。

 それは今までも、これからもずっと繰り返される。

 だから最近ウッドはよく考えてしまうのだ。


 ――何故、戦うのか。


 生まれた頃から「戦い」は当たり前のようにすぐそこにあった。生きることは即ち誰かを殺すことで、アルタイ族にとって「強さ」こそが掛け替えの無い個人の宝だった。

 だからこそウッドも強さを求めたし、帝国軍に入り、メノの里一の出世頭と呼ばれるほどの昇進を果たした。まだ五十にもならなかった若造でも強くさえあれば軍では充分に認められた。四十五で小隊長。四十九で二人いる大将の内の一人に任命され、歴代最年少で将軍になる日も近い。

 そう言われていた。

 ウッド自身もそう思っていたし、何よりディアムド帝王自らが「期待を寄せている」という噂話も耳に入ってくるほどだった。

 だが、今のウッドにその当時の面影は全く見られない。

 彼は誰かに見つからない内に目元の雫を拭い、里に向かって野道を歩き出した。

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