魔法に殺された男と迷子の魔法使い

富屋まーる

第1話 ノーム先生

 その部屋は教室と呼ぶには、凝った装飾が施された綺麗な空間だった。

部屋の中央には大きな上下二段のスライド式黒板があり、それを取り囲むように、いくつか机と椅子が整然と並んでいた。


 黒板の前にいた若い男は、その場にいた自らの生徒、数十人に向かい話しかける。

「魔法には、その素となる魔素(マギオム)が必要だ。魔素(マギオム)を集中させ、エネルギーへと変換させることで初めて魔法は発動する。君たちの家にもある魔石や魔道具はそれらのプロセスを助けるためのものだ。では、一般的に言われているマギオムとは、どんな種類がある?マイシュ、答えなさい」

 黒板の前にいた男は、後ろの方の座席でウトウトとしていた十二、三歳の少年に問いかけた。

「……はいっ!」

 反射的に立ち上がった少年は、自分がおかれた状況を確認しようと必死に周りに目配せしたり、他の生徒の教科書と自分の教科書を見比べたりした。しかし、何もわかるはずがなく、ただ周りの静かな嘲笑の的となるだけだった。

「何を聞かれていたのかわかってるのか?」

「……あの、まあ」

「では、答えたまえ」

「あ、いや、そのー……魔法は素晴らしいものだなと」

「はぁ……。マイシュ・マルクターレ、技術の訓練も大事だが、仕組みが分からないようでは、それは本当に只の”まほう”になり下がってしまうぞ。座りなさい」


 その恥ずかしさゆえか、少年はすごすごと席に座りこんだまま動かなくなってしまった。その間に教師はまた違う生徒に先ほどの質問の答えを尋ねた。


 今度は栗色の髪の少年が指名されゆっくりと立ち上がった。

「マギオムは主に三種類です。くうりゅうぶつにそれぞれ宿るとされていますが、最新の研究では、周りのエネルギーを吸収しようとする闇のマギオムが存在するのではと言われています。そして、その研究をしているのがマイシュの父です。なので、先生、マイシュが知らないはずはありません。」

「よろしい。ステイグ、君たちの友情には感服しますが、知っているかどうかは重要ではありません。この学院で学ぶ気があるのか、また、君たちの前に立つ立派な父上たちに並び立つ覚悟があるのか、その気概を問うているのです。それを覚えておくように」

「申し訳ありませんでした、先生。覚えておきます」

 栗色の髪の少年はまたもや慇懃無礼いんぎんぶれいとも取れる大げさな動作で頭を下げた。その時、マイシュと呼ばれた少年の方を一瞬だけ見てすまなそうな表情で合図を送った。


 マイシュは彼の合図を受け取っていたが、そういった彼のまっすぐな気持ちを受けとるたびに、より一層自分が情けない者のような気がしてならなかった。




「先生っ!!ノーム先生っ!!」


 突如自分を呼ぶ声に、彼方にあった意識が自分自身に戻るのを感じる。

 どうやら、少しの時間まどろんでいたようだ。自分にまるで似つかわしくない肩書で呼ばれたからかもしれない。それとも久しぶりにこんな昼間から思いにふけっていたからかもしれない。

 先生と呼ばれた男は、何もない部屋で自嘲気味に笑うと、今度は大きく伸びをしてから、ゆっくりと立ち上がり、家の扉を開けた。

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魔法に殺された男と迷子の魔法使い 富屋まーる @koyamaru

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