第4話 番外編 早苗の過去

僕の名前は、門野祐司。高校からの友人の椿木奏多の姉である椿木早苗さんの家事代行としてアルバイトをしている。早苗さんは今日は休みのはずだったが、起業した会社にトラブルがあったため出勤している。


 「ピンポーン」


家事をしていると、インターホンが鳴った。


 「荷物が届く報告は聞いてないけど、なんだろう。」


不思議に思い玄関の扉を開けると、子供を抱いた女性が立っていた。その女性はどことなく早苗さんに似ていた。


 「あれ?部屋間違えたかしら。ここって椿木早苗さんのお宅ですよね?」


 「はい。早苗さんの自宅です。とりあえずどうぞ上がってください。」


早苗さんの知り合いだろうと思い、とりあえず家に上がってもらった。


 「コーヒーで大丈夫ですか?娘さんはジュースでいいですか?」


 「ええ。ありがとう。」


女性は、不思議そうに早苗さんの部屋を見渡していた。


 「どうぞコーヒーとオレンジジュースです。よかったらミルクと砂糖も使ってください。」


 「ありがとう。」


コーヒーを飲み、落ち着いたところで僕は、


 「あの~失礼かもしれませんが、どちら様ですか?」


この質問に女性は、ほほ笑みながら答えた。


 「そういえば名前は言ってなかったね。私は、早苗の姉の姫川八重ひめかわやえよ。この子は私の子供の紗良さら。」


 「次はこっちが質問。あなたはどちら様?なんで早苗の家にいるの?」


 「早苗さんのお姉さんでしたか。挨拶が遅れてすみません。僕は門野祐司と申します。早苗さんの家で家事代行のアルバイトをさせてもらっています。」


挨拶を済ますと、八重さんは納得したかのように


 「成程ね。だから部屋が綺麗なのか。そいえばあなたいくつ?」


 「今は大学一年生、今年19歳です。」


 「ってことは、奏多と同い年か。」


 「あの今日は何か用事がありましたか?」


思い出したかのように八重さんが


 「ん?あーそうそう。早苗の生存確認をしに来たのよ。あの子家事全般がからっきしだから心配でねたまに来てるのよ。連絡も全然しないし、紗良も会いたそうだったし。そういえば早苗は?」


 「早苗さんは、会社のトラブルで出社してます。もう少ししたら帰ってくると思いますよ。」


 「そうなのね。じゃあ待たせてもらおうかしら、あなたとお話ししたいし。」


 「いいですよ。せっかく早苗さんに会いに来てくれたのですから、会わずに帰るのはもったいないですものね。」


僕は、残っていた家事をすぐに済ませて八重さんたちが待つリビングへと向かった。


 「お待たせしました。コーヒーとジュースのお代わりを持ってきますね。」


 「ありがとう。早かったわね。焦らなくてもよかったのよ。」


 「ほとんど終わってましたし、大丈夫ですよ。先ほど早苗さんから連絡があって、後2時間くらいで帰るそうです。」


 「そう、分かったわ。」


コーヒーとジュースのお代わりを持っていき、僕は八重さんにアルバイトをするきっかけを聞かれた。


 「きっかけですか?」


 「そうきっかけ。まあ、単純に気になっただけだから変な意味はないわ。」


僕は、アルバイトをするようになったきっかけを話した。奏多に誘われたこと、早苗さんの家に行ったときにこの人の力になりたいと思ったこと。


 「きっかけで言えば奏多の紹介ですね。『俺の姉さん家事がからっきしだから家事代行のバイトとして働いてほしい。』って。最初は抵抗がありました。流石に女性の家にバイトとはいえ、出入りすことに。ですが、引き受けてよかったと思っています。早苗さん、どんな小さいことでもありがとうって言ってくれるんです。それがやっててよかったなって日々感じてます。」


一通り話し、八重さんのほうを見ると少し涙ぐんでいた。


 「どうかしました?何か癇に障るようなことを言いましたか。」


 「いいえ。今の話を聞いてわかったわ。あの子はもう大丈夫そうね。こんなにあの子のことを思ってくれる子がいるんだもの。」


八重さんは、早苗さんの過去をぽつりぽつりと話し出した。


 「早苗は、中学から高校までほとんど不登校だったの。信じていた子に裏切られて、やっていない罪を着せられて、クラスで浮いた存在になっていたの。」


初めて聞いた早苗さんの過去に驚いた。確かに、早苗さんは大学以外の学生時代のことを話そうとしなかった。


 「そうだったんですね。だから、学生時代の話をしなかったんですね。」


 「やっぱりそうなのね。祐司君にも話してなかったのね。今の会社を興してだいぶ落ち着いたと思っていたと思っていたのだけれども。」


そうやって語る八重さんの顔は、だいぶ曇っていた。八重さん自身もあまり思い出したくない記憶なのだろう。


 「大丈夫ですよ。全部明かす事が信頼の形じゃありません。人間、トラウマの一つや二つは必ずありますし、トラウマを一人で乗り越えられる人間はいません。必ず、誰かの手が必要です。僕にできることは、手を差し伸べることだけですが、後ろばっかり向く人生は嫌ですからね。前を向く理由の一つなればいいなと思っています。」


 「そうね、そのとおりだわ。」


玄関の方から鍵の開く音がした。


 「ただいまって八重お姉ちゃんなんで来てるの。来てるなら行ってよ。」


 「おかえり早苗。紗良、早苗おねえちゃんが帰ってきたよ。」


 「早苗姉ちゃん久しぶり。」


紗良ちゃんは、早苗さんに思いっきりダイブした。


 「紗良、久しぶりね。大きくなってお姉さんになったね。」


 「うん。」


 「祐司君、留守番とお姉ちゃんの相手ありがとうね。」


 「八重さんと話してて、楽しかってので大丈夫ですよ。今から夜ご飯の準備しますね。八重さんたちも食べていってください。何かアレルギーはありますか?」


 「いいの?ありがとう。二人ともアレルギーはないわ。」


キッチンへと向かい夜ご飯の準備と始めた。


 「ちょっと早苗。」


 「?何お姉ちゃん。」


 「なかなかいい子捕まえたわね。逃がしたらだめよ。私あの子気に入ったから。」


 「ちょっ!そんなんじゃないって。」


夜ご飯ができたので二人を呼びに行くと、なぜか早苗さんの顔が真っ赤になっていた。


 「ご飯できましたよ。って早苗さんどうかしましたか?顔を真っ赤にして。」


 「ううん。なんでもないよ。さあ、冷める前に食べよう。」


早苗さんは慌ててリビングへ向かっていった。八重さんはその場に残り、真剣な面持ちで、


 「祐司君。」


 「?はい。」


 「これからもあの子のことをお願いね。もちろん、私や奏多も何かあったら協力するから。」


 「任せてください。クビにならない限り、支えるつもりなので。」


そうしていると、リビングのほうから紗良ちゃんの声が聞こえてきた。


 「ママ~、何してるの?早く食べよう。」


 「紗良ちゃんも呼んでいるので行きましょうか。」


 「そうね。」


リビングへ向かう時の八重さんの顔は心なしか、晴れたように澄み切った表情をしていた。


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