【第49話】魔王の力

「「「「「きゃーーーーーーーっっっ」」」」」


女子の悲鳴が響き渡る。


ガラガラガラッ。


扉の開く音とともに、まぶしい朝日が体育館の中にに降りそそいだ。


入口に立っている男の姿は、逆光のせいでシルエットしかわからない。


「誰だ!」


俺が叫ぶと、いきなり横から頭を殴られた。


「いてっ」


「ちょっとヤッちゃん! 誰だ、はこっちのセリフよ! なんでヤッちゃんが布団の中にいるのよ! このヘンタイ!」


「今はそれどころじゃないんだ! おい! おまえは誰だ!?」


再び俺が入口に向かって問うと、男はいった。


「あれ? ヤニック君じゃないか」


目を細めてよく見ると、それは1年G組の劣等生、アホのザコタだった。


こいつに負けたせいで退学になった俺だが、べつにこいつ自身は悪くないから、特に恨んではいない。


あの試合だって、運悪く砲弾がイレギュラーバウンドしたのが敗因だし。


というか、たった今まで、ザコタの存在すら忘れていた。


「ザコタか。おまえ臨時休校の貼り紙、見なかったのか? 部活も全部中止だぞ」


「えっ、そうなの? いわれてみれば、何か貼ってあったような気がするけど……読んでないや」


「読めよ! ……って、ザコタだから、しゃーねーか」


「しばらくぶりだねえ。なんでここにいるの? 確かヤニック君は特例の出世をして、勇者になったとか。すごいねえ。尊敬しちゃうよ」


「…………! ああ。よく知ってるな。だが、おかしいな」


俺はザコタに歩み寄った。


「ヤニック君、どうしたんだい? 何がおかしいんだい?」


「なぜ知ってる? 国王に直訴するために王宮へ向かったことをおまえが知っていてもおかしくないが、俺が勇者に採用されたのは、つい昨日のことだ。グロワール高校の生徒で、それを知っている者はいないはずだ」


「あはは。どうしたんだよ。顔がこわいよ、ヤニック君。誰かに噂話を聞いたんだよ」


「誰かって、誰だ!?」


「あはは。もう忘れちゃったよ。知ってるだろ? 僕ってバカだからさ」


「事情を知っているのは、副校長のドナルノ先生だけだ。なぜ、おまえが知っている?」


「あはは。そうそう、ドナルノ先生に聞いたんだったよ!」


「ますます、おかしい。ドナルノ先生からは、今日は休校だといわれなかったか? なのにザコタ、どうしておまえは学校に来た!?」


「あはは……。そろそろウソも限界みたいだね」


「どういう意味だ」


「副校長のドナルノは僕の手下だ。ついでにいうなら、ロイホとクラリーヌも僕の手下さ。みんな下っぱの、スパイみたいなものだがね」


「ザコタ……まさか、おまえだったのか!?」


「ふははははははははははははっ! ──変容ッ!」


ザコタが叫ぶと、その体がギラギラと真っ赤に輝いた。


その異様な光景に、女子はみんな立ちすくんでいる。

だが、さすがに勇者だ。

逃げようとする者はいないが、驚きと恐怖のせいで微動だにできない。


光の中から現れたのは、漆黒のマントをまとった、身長3メートルを超える巨人だった。

かすかにザコタの面影が残っているが、極端につり上がった目と長い牙は、凶悪そのものだ。


「これが──魔王!!!」


「そうだよ。僕が魔王さ。驚いたかい? まさかキミたちにザカールが負けるとはね。僕も驚いたよ。だからこうして、ようすを見にきたわけだけど──自分の正体まで明かすはめになるとは思わなかったよ」


「いったい何のために、生徒のふりをしていたんだ!?」


「知れたこと。ここは国内随一の勇者育成校だからね。将来、僕の邪魔になりそうな芽を早めに刈りとるためさ」


「じゃあ、俺との試合の、あのイレギュラーバウンドは──!」


「もちろんイレギュラーなんかじゃないよ。砲弾の軌道を変えるぐらい、簡単にできるさ。キミの相棒のコトネちゃんにだって、できるだろ?」


そうだ。

俺にはコトネがいる。


「──しまった!」


「おやおや、コトネちゃんは一緒じゃないのかい。残念だったね。大切なものは、いつも肌身はなさず持っていないと、大変なことになるよ」


女子部屋をのぞくなんて、くだらない理由で、なんとなく置いてきてしまった──。


後悔しても、しきれない。


ロイホにコトネを盗まれたとき、もう二度と離さないと決めたのに。


「では、さようなら。ヤニック君。はーっ」


魔王が俺に手をかざす。

その手の中から、俺に向かってなんらかの力が放出された。


「うっ!? なんだ!?」


次の瞬間──。


魔王がさらに巨大化していた。


「ヤッちゃん!」


モナの涙声が、かなり遠くから聞こえた。


おかしい。


体育館の中は、そこまで広くないのに、モナの声はまるで何百メートルも離れているところから発せられた感じがした。


周囲を見渡すと、魔王だけではなく、すべてのヒトが、モノが──すべて巨大化していた。


いや……違う。

そうじゃない。


俺のほうが小さくなったのだ。


自分の姿を見てみる。


ヌメヌメとしていて、気味が悪い。


背中には、硬くて丸い、殻のようなものがついている。


俺は、どうやら何かの小動物に変えられてしまったようだ。


「ふはははははっ。それはカタツムリという生きものだ。この世界にはいないかもしれないね。とにかく動きが遅いのが特徴だ。もう1つ、おもしろい特徴があって──おっと、これは秘密にしておこう」


「このやろう!」


ボルテが飛び出した。


やめておけ!

そう叫びたいが、カタツムリという異世界の珍獣には発声器官がないようだ。


「はあーっ」


魔王が手をかざすと、ボルテは緑色の殻を背負った、4本脚の小動物に変えられてしまった。

脚のない俺よりはマシな生きものだが……。


「それはカメという生きものだ。カタツムリと同様に動きが遅い。のんびりゆっくり、助けを呼びにいくがいい。さて、お次は──」


魔王が体育館の隅で震えている女子たちのほうを向いた。


「僕は女の子にはやさしいのだ。女は美しいからな。美しいものは、美しいまま残しておくとしよう。はあーっ」


「「「「「「いやーーーーーーーっっっ」」」」」


再び女子の悲鳴が響きわたったが、次の瞬間には、もう静まり返っていた。


そこに残ったのは、50体の女性勇者の石像だった。


「これは塩の石像だよ。ほらヤニック君。キミの幼なじみも、美しい塩の塊になっただろう?」


モナーーーーーッ。


叫び声が声にならない、もどかしさ。

瞳から涙が出ない、哀しさ。


くそっ!


「ごめんごめん、カタツムリはしゃべれないんだったね。さぞ悔しいだろうね。そんなヤニック君に、いいことを教えてあげよう。ある世界には、お姫さまにかけられた呪いが、王子さまのキスで解けるという伝説がたくさん残っているんだ。試してみてはどうだい?」


キスで呪いが解ける?


魔王が、そんな気の利いたサービスをしてくれるわけがない。


だが、今の俺は、そんな口車にすがるしかないのか……。


カタツムリになった俺は、塩の塊になったモナに向かっていった。


「ククク……。奇跡が起こるといいね。じゃあ、僕はこれから、第2体育館のみんなを片づけにいってくるよ」

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