【第48話】思春期に必要なこと

「あられもない格好かどうかはわかりませんが、たぶん眠ってるでしょうね」


「ザンボとダイタンは、すでに睡魔に負けてしまった。もはや同志はおまえしかいない、ヤニック君!」


「同志というか、この場合は共犯者──」


「細かいことはいい。行くのか、行かないのか?」


「わかりました。同志・ボルテ先輩!」


意気投合したところで、頭の中で声がした。


「ヘンタイ」


ここに女子が1名いるのを忘れていた!


「えっ!? あっ、コトネ! 聞いてたのか!」


「どうしたヤニック君?」


「ラケットに──コトネに聞かれてました! でも、今はラケットに変容してるから、俺たちの邪魔はできませんね。気にせずに行きましょう」


「ちょっと待てヤニック君! 俺はコトネちゃんに嫌われるようなことはしたくない!」


ボルテは完全にコトネに惚れてしまっているようだ。


「なあ、コトネ。もしもボルテ先輩が女子部屋をのぞきに行ったら嫌いになるか?」


「いいえ、べつに」


「ボルテ先輩、吉報です! コトネはべつに気にしないそうです!」


「なんだと! なんと寛容な女の子なんだ! さすがコトネちゃん!」


いや、たぶんコトネはボルテのことを何とも思っていないから、気にならないだけだと思う。


それよりも、俺が気になるのは……。


「コトネ、もしも俺たちが女子部屋をのぞきに行ったら、告げ口するか?」


「する」


「だよね。でも、これは思春期の俺たちにとっては、どうしても必要なことなんだ」


「そう……なの?」


「そうなんだ。そんなわけで、やめてくれるかな? 告げ口」


「やめない」


「これでも?」


俺は薬指をやさしく使って、ラケットをツーッとなでた。


「うっ──何を!?」


「告げ口、やめてくれる?」


「や……めない」


「そうか。じゃあ、ここは?」


俺はラケットのスロートの谷間──つまり、二股に分かれている部分を中指でくすぐった。


「やんっ。ああんっ」


幸いなことに、コトネの声は今、俺にしか聞こえていない。


「やはり思った通り、ここが弱点みたいだな」


調子に乗って、俺は同じところをくすぐり続けた。


ボルテは不思議そうな目で見ているが、状況を把握できていない。


「はああっ。はああっ。あああっ。わかった。しない! 告げ口、しない!」


「オッケー。じゃあ、内緒ってことで」


コトネ──赤いラケットをケースにしまうと、俺はさっそうと立ち上がった。


「行きましょうか、先輩! ……って、あれ? どうしたんですか、その鼻血?」


「いや、理由はわからんが興奮してしまった」


状況が理解できなくとも、本能で何かを感じとったのだろうか。

ボルテの感性おそるべし。


それはともかく、俺たちは第1体育館へ向かったのだった。


   *


第1体育館──すなわち女子部屋の入口は施錠されていなかったので、すんなり突破できた。


照明はすべて切られており、カーテンも閉められているが、すでに朝になっているので、カーテンのすき間から漏れてくる光のせいで、けっこう明るい。


「ちょっと夜這いできる雰囲気じゃないな……」


「それもそうですが……ボルテ先輩、俺たち、こんなことしてていいんでしょうか」


「どういうことだ?」


「これからいよいよ魔王と最終決戦というときに、遊んでていいのかな」


「だから、マジメか! これから生死をかけて戦うからこそ、思い残すことがないように夜這いするんじゃねーか! これは遊びじゃねえ!」


「ボルテ先輩、そこまで……命までかけてまで戦う覚悟だったんですか! すみませんでした」


「あたりまえだ! わかったら、行くぞ!」


「行くって……?」


「俺はとりあえず、3年C組の女子の下着を全員チェックしてくる。おまえは、幼なじみのモナちゃんねらいか?」


「えっ……」


動揺する俺を置いて、ボルテはさっさと3年C組女子を探して行ってしまった。


モナはエルミー、アンヌ先生と仲良く3人、同じ毛布の中で熟睡している。


幼なじみのモナが、昔から俺に好意を寄せてくれているのは、なんとなくわかっている。

だが、コトネが俺の前に現れて以来、幼なじみのモナよりもコトネと一緒にいる時間のほうが長くなってしまった。

エルミーも、アンヌ先生もまた、俺によくしてくれている。


魔王の力は強大だ。

コトネの力をもってしても、勝てるかどうかはわからない。

もし負ければ、この3人ともお別れだ。


そんなことを思うと、今ごろ手が震えてきた。


フン、武者震いだ。


俺は自分にそういい聞かせると、3人と同じ毛布にすべり込んだ。


あたたかい。

この3人と、コトネのために、俺は命をかけて戦おう。


──そう決心したときだった。


「おやおや? 女子部屋に男子が混じってる! いけないなあ」


大きな声が、だだっ広い体育館の中で反響した。

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