【第47話】グロワール高校の朝

グロワール高校まで、あとわずかで到着だ。

ずっと全力疾走してきたので、馬獣も俺たちも、疲れの色を隠せない。


こんな状態で魔王と戦えるのだろうか。

いや、戦うしかないのだ。


「コトネ、もうすぐ夜明けだな」


「うん」


「魔王に勝算があるっていってたよな」


「うん」


「何か作戦があるのか?」


「ない」


「……。えっ!? ないのかよ!」


「うん、ない」


「じゃあ、なんで勝てると思うんだ?」


「直感」


「ちょっか……って、おい! 本当に大丈夫なのかよ!?」


「夜が明ける」


「!」


俺たちの顔をあたたかい光が照らす。

気がつくと、俺は赤いラケットを抱きしめていた。


「──っておい! 俺は馬獣を扱えないんだった!」


あわてて手綱を握るが、どうしたらいいのかわからない。

そのとき、レオ先輩の大きな声が響いた。


「着いたぞ! 全員、馬獣から降りて、戦闘準備!」


俺たちの視線の先には、いつもと変わらないグロワール高校の校舎が見えた。

遠目には、魔王の襲撃を受けたとは思えないほど、ふつうの風景だ。


ひょっとして、すでに決着がついた後ということか。


夏休み中とはいえ、部活などで登校している生徒もかなりいるはずだ。


近づいてみたら、生徒や教師たちの遺体があちこちに転がっている……。

思わず、そんな凄惨な風景を想像してしまう。


俺たちは各自でラケットと砲弾を準備すると、ゆっくり歩を進めた。


   *


正門をくぐると、そこはいつもの平和なグロワール高校だった。

生徒や教師たちの遺体もなければ、校舎もまったく傷ついていない。


先頭に立つレオ先輩も、とまどっている。


「おかしいな。戦った形跡がない」


「レオ先輩、俺、校舎の中を見てきます」


そういって、俺は校舎の中へ入っていった。


廊下にも、教室にも、職員室にも、誰もいない。


ここにきて大変なことを思い出した俺は、ラケットに変容したコトネに話しかけた。


「確か、魔王は人をモノに変えられるんだったな? そのへんに転がってる石ころなんかにも変えられるのか? ひょっとして、空気にも?」


「その可能性はある」


「校舎に誰もいないってことは……もう全員やられて……」


「ヤニック、うしろに誰かいる!」


「ん?」


身構えながら振り向くと、見覚えのある人物がいた。

見覚えはあるが、いつも授業をマジメに聞いていないせいか、名前が出てこない。


「あっ……! えっと……副校長で……社会科の先生!」


「1年生のヤニック君じゃないか。先生の名前ぐらい覚えてくれよ。ドナルノだ。こんな時間にどうしたんだ?」


正確には、俺はもう退学してるけどね。


「ドナルノ先生こそ、何してるんですか? 魔王は?」


「私はただの宿直当番だよ。魔王? 魔王がどうかしたのか?」


「いや、魔王がこの学校に向かったって聞いて、飛んできたんだけど」


「ええっ!? 魔王が!? いつ!?」


「それはわからないんだけど、少なくとも数時間前にはこっちに着いていると思うんだけど……おかしいな。もしかして俺、ザカールに一杯くわされたのか?」


すると、コトネが答えた。


「あの状況でウソはつかない。おそらく……何かある」


「……そうだな。ドナルノ先生、とりあえず今日は休校にしたほうがいいと思います」


「夏休み中だから、もともと授業はないが……」


「そうじゃなくて、部活とか対抗戦とか、とにかく全部中止にしてくれ!」


「えっ、そんなこと急にいわれても、キミの言葉だけで、急に休校になんかできないよ」


「俺たちは国王の命を受けて、ここに来たんだぜ」


「なんだって!? そりゃ本当か!?」


すると、俺が戻らないのを心配したのか、レオ先輩が駆けつけてくれた。


「本当ですよ、ドナルノ先生」


「おお、レオ君もいたのか。だったら話は別だ。急いで正門に臨時休校の貼り紙をしよう」


「それだけでは不足です。生徒全員の家に、絶対登校しないように伝令を出してください」


「そ……そうだな。なにしろ魔王だからな!」


ドナルノ先生は、そそくさと行ってしまった。


レオ先輩は首をかしげた。


「ヤニック君、これはどういうことだろうか。ザカールに騙されたのだろうか」


「たぶん、それはないと思います。ザカールも命は惜しいでしょうし」


「じゃあ、魔王はいったいどこに?」


「わかりませんが、油断しないほうがいいかも」


「そうだな。しかし、今すぐに戦闘が始まらないのは我々にとっては幸運だ。みんな徹夜の旅で、ヘトヘトに疲れはてているからな」


「そうですね。とりあえず休みましょうか」


女子は第1体育館、男子は第2体育館で休憩をとることになった。

もちろん、正門と裏門には交代で見張りを立たせることも忘れずに。


およそ1時間後。

第2体育館に集まった男性勇者の大半は、旅の疲れで爆睡していた。


ときどきイビキは聞こえるものの、館内は静まり返っている。


「ヤニック君、ヤニック君」


ささやきかけてきたのは、ボルテだった。


「先輩は休まないんですか?」


「どうにも寝つけなくてね」


「実は、俺もなんです。ザカールがウソをついていないとしたら、なぜ魔王はここにいないのかって考えていたら、寝られなくなっちゃって」


「なんだおまえ。マジメか!」


「えっ!?」


「魔王の考えなんか、わかるわけがないだろう。僕たちは魔王が来たら戦えばいい。それまではしっかり休むことが大事だ」


「はあ……確かにそうですね。じゃあ、ボルテ先輩はなぜ寝つけないんですか?」


「第1体育館のことを考えたら、寝られるわけがないだろう」


「えっ?」


「第1体育館では今ごろ、美少女勇者たちが大勢、あられもない格好で眠っているんだぞ!」

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