【第50話】カタツムリですが、何か?

魔王は、男性勇者たちが眠る第2体育館へと向かった。


彼らに危険を知らせようにも、今の俺はカタツムリ。

ボルテだって、カメに変容させられてしまった。


今の俺にできることは、塩の塊にされてしまったモナに向かって突き進むしかない。

あの魔王にも、わずかな良心が残っていると信じて。


モナ!

今、行くぞ!

待ってろよ!


それにしても、カタツムリの脚は遅い。

必死で進んでいるつもりでも、振り向くと、ほんの数センチしか進んでいない。

わずか数メートル先にいるはずのモナが、とてつもなく遠い。


だんだん体が乾いてきた。

すると、遅い脚がいっそう遅くなった。

どうやらカタツムリは乾燥に弱いようだ。


もう……ダメだ。


力尽きた俺は、背中の殻に入って休むことにした。

少し体が楽になる。


魔王はとっくに第2体育館に着いているだろう。


先輩たちはやられてしまっただろうか。

コトネは無事だろうか……。


そのとき、俺の脳内に、かすかな声が響いた。


「ヤニック、ヤニック」


「その声は──コトネ!?」


「うん」


そうだった!


ラケットに変容したコトネとは、心で会話できるのを忘れていた。


だが、第2体育館まで距離があるせいか、コトネの声は小さい。


「無事なのか!?」


「私は無事。でも、先輩たちは全員、メダカに変容させられてしまった」


「メダカって!?」


「異世界の水の中に棲む小動物。エラ呼吸だから、空気中では息ができない。あと数分もすれば、みんな死んでしまう」


「なんだって!? 助けに行こうにも、こっちはカタツムリとかいう生きものにされちゃって、身動きとれないんだよ!」


「カタツムリも異世界の生きもの。動きが遅く、乾燥や塩分に弱い」


「遅いのも、乾燥に弱いのも、もう十分すぎるぐらい身にしみてるよ! ──って、なんだと!? 塩に弱い!?」


「塩をかけると、水分を奪われて死ぬ」


「あっぶねー! もう少しで死ぬとこだったよ! こっちの女子はみんな塩の塊にされちゃったんだよ! 魔王のヤロー! ぶっ殺す!」


「どうやって?」


「それが問題だ。コトネはラケット。俺はカタツムリ。この状況でどうやって魔王と戦うんだ?」


「わからない」


「……だよな。ああ、なんだかめまいがしてきた。クラクラする」


「大丈夫?」


「ダメかも」


「あきらめるなんて、ヤニックらしくない」


「そんなこといわれたって……。本当に……乗り物に乗ってるみたいに揺れてる……」


とりあえず外の空気を吸おう。


そう思って殻から出てみると、そこは校庭だった。


知らない間に体育館から出ている。


下を見ると、そこにはカメの甲羅があった。


カメ──ボルテか!


ノシ、ノシ……。

ゆっくりとではあるが、少なくともカタツムリよりは、はるかに速いスピードで進んでいく。


ボルテが俺を甲羅に乗せて運んでくれてたのか。


第2体育館が近づいてくる。


「ヤニック、どうしたの?」


さっきよりもコトネの声が大きく明瞭になった気がする。


「今、カメの背中に乗っておまえのほうに向かっている」


「うん、ヤニックの声が大きくなった。これなら、できるかもしれない」


「何が?」


そのとき、第2体育館から魔王が出てきた。


「おや、ヤニック君。カメに乗ってお散歩かい? そのようすだと、まだお姫さまにキスしてないみたいだね。罠に気がついちゃったか。残念!」


魔王は俺とボルテのほうに向かって歩いてきた。

そして、おもむろに右足を振り下ろしてきた。


ダメだ、逃げられない!

このまま踏みつぶされておしまいか!?


「変容ーーーーーっ!!!」


コトネの声が脳内に響いた。


第2体育館の中で、ピンク色の閃光が走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る