【第41話】禁欲の勇者

「ヤニック君といったね──」


国王が去っても、いまだ拍手が鳴りやまない。

そんな中、ボルテが俺に右手を差し出した。


「──それからモナ君、エルミー君、そしてアンヌ先生。敵は強大だが、がんばりましょう」


俺がボルテの手を握ると、拍手はより大きくなった。


   *


その夜、俺たち4人は3年C組の先輩たちと一緒に会食室で夕食をとった。

クラスリーダーのボルテは筋骨隆々の大男で、いかにも体育系らしい、さっぱりとした性格だった。


「ヤニック君、さっきの技は本当にすごかったよ。正統なるゴールド……なんだっけ?」


やばい。

その場ででっち上げた技の名前なんて覚えてないよ。


「あはは……。えっと……それよりも、3年A組を全滅させた敵ってどんなやつなんだ?」


そう問うと、横にいたアンヌ先生に頭を小突かれた。


「こらヤニックさん。先輩と話すときは、言葉づかいに注意しなさい」


「いいんですよアンヌ先生。ヤニック君、さすがだ。敵をよく知らなければ戦いを有利に進められないからな──」


どうやら、ごまかせたようだ。


「──だが、わからんのだ」


「えっ?」


「実力からして、おそらく魔王の腹心の部下なのだろう。だが、そいつがどんな技を使うやつなのか、いや、それどころか顔も名前もわかっていないのだ」


「どういうことですか?」


「なにしろ討伐に向かった勇者は全員──1人残らず帰ってきていないのだ。だから、敵がどんなやつなのか知っている者は誰もいない」


「勇者が誰も帰ってこないって──全員もれなく息の根を止められたってことか? ふつう、命からがら逃げ帰ってきたやつが1人ぐらいいるだろ?」


「いや、誰も──」


思わず、ザワザワッと鳥肌が立った。

モナ、エルミー、アンヌ先生も不安を隠しきれない表情をしている。


「──残念ながら、遺体も見つかっていない。ただ、誰も帰ってこないのだ。だが、あいかわらず敵の侵攻は続いているから、勇者たちが敗れたのは間違いない」


「なんだよそれ! 敵がどんなやつがわからないんじゃ、作戦も立てられないじゃないかよ!」


「そのとおりだ」


「じゃあ、どうするんですか?」


「あらゆる場面に対応できる練習を積んでおくしかない」


「バカなのかよ!」


そこで、再びアンヌ先生に小突かれたが無視。


「とりあえず偵察を出せよ!」


「A組が出撃する前に、もちろん偵察部隊を送った」


「で?」


「いくら待っても、誰も帰ってこなかった」


「な、なんだと!?」


「やるべきことはすべて試したが、敵の正体はいまだ不明なのだ」


「そんな状態で出撃したら、また全滅するぞ!」


「そうかもしれんが、男には、負けるとわかっていても戦わなければいけないときがあるのだ」


「アホか! ここには女もいるんだぞ!」


三たびアンヌ先生に小突かれたが、無視。


「では、どうしろというんだ?」


ボルテにそう返されて、言葉に詰まってしまった。

敵の正体を知る方法……何かないのだろうか。


そうだ、コトネに相談してみよう。

あいつは魔王と戦ったことがあるといっていた。


コトネ──赤いラケットは、あてがわれた大部屋に置いてきてしまった。

気がつけば、もう日が暮れている。


しまった!

一度盗まれたことがあったから、ずっと肌身離さず持っていたのに、勇者パーティーに入れたことで安心して、つい──。


急いで部屋に戻ろうと立ち上がった俺の視線の先には、黒いワンピースを着たコトネがいた。


「!!! わっ、ごめんコトネ! 完全に忘れてた!」


「問題ない」


そのとき、ボルテがいつもと違う、うわずった声で話しかけてきた。


「ヤ、ヤニック君、あの美少女は、きみの仲間かい?」


「は、はあ」


「な、名前は?」


「コトネですが」


「コトネちゃん……か。いい名だ~」


気がつけば、ボルテだけではなく、3年C組男子全員の視線がコトネに注がれていた。


特訓三昧の禁欲生活を送っている思春期の男子には、コトネのミニスカートは刺激が強すぎたようだ。


パンツをはいていないことを知ったら、どうなることやら。


「アンヌ先生、コトネにも戦闘服を着せないとヤバそうだ」


「そのようね。衛兵に頼んでおくわ」


すると、ボルテが首を突っ込んできた。


「待ちたまえ、ヤニック君。あの美少女に戦闘服を着せるというのか?」


「そうですが」


「バカな! 彼女にはワンピースこそふさわしい。ミニスカ最強!」


「いや、コトネも俺たちと一緒のパーティーに入ってもらうので、あの服のままっていうわけにはいかないでしょう」


「そ、それはそうだが……! では、せめて、こういう休息の時間だけでもワンピースのままというわけにはいかないだろうか?」


「ダメです。先輩たちに何をされるかわからないですから」


「くっ……残念!」


ようやくあきらめてくれたようだ。


「コトネ、聞きたいことがあるんだ──」


と、俺がコトネに魔王の手下のことを聞こうとしていると、背後でボルテがザンボ、ダイタンと何やら内緒話をしている。


何を企んでいるんだ……?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る