【第34話】親切なボケ老人

もう日が高い。

かれこれ半日ぐらいノンストップで山道を歩き続けたので、さすがに疲れてきた。


「このへんで休憩するかー」


俺は岩場に腰かけ、母親が持たせてくれたコラゴンサンドをほおばった。


水筒に残っていた、わずかな水を飲み干す。

どこかで水を補給しなければならないが……まあ、小川ぐらいはすぐに見つかるだろう。


「あそこで食料も補給できるかもしれない」


コトネにいわれて見てみると、場違いなことに、料理店らしき建てものがあった。


「かなり新しそうな店だけど、こんなところに客なんか来るのか?」


疑問に思いつつ、建てものに入ってみると……。


「誰じゃ!?」


薄暗がりの奥から、いきなりしわがれた老人の声が響いてきたので、心臓が止まるかと思った。


「す、すみません。旅の者なんですが、水と、日もちする食料を少し分けてもらえないでしょうか」


敬語などめったに使わないので、舌を噛みそうだ。

だが、ここは下手に出ておいたほうがいいだろう。


「よかろう。干した根菜類や、焼きコムーギなどの保存食がいくらでもある。持っていけ」


なんて気のきく老人だ。

しかし、こういうヘンピな場所で売っている食糧は、たいてい高価だと相場が決まっている。


「あのう、おいくらですか?」


「カネはいらん」


「えっ? どういうことですか?」


「わしは世捨て人じゃ。こうやって、ときどきやってくる旅人に食事を提供しておる」


詳しく話を聞いてみると、老人は魔王に支配されている自分の国に嫌気がさして、遠路はるばる移住してきたらしい。

その国では、魔王が税金と称して国民からお金を吸い上げる、地獄のようなシステムをしいているという。


魔王とその手下たちは、そのカネでぜいたくな暮らしを送っている。

その一方で、国民はいくら働いても貧乏なのだそうだ。


老人が国を逃げ出したくなるのも当然だろう。


「でも、おじいさん。実はこの国も、魔王に支配されつつあるよ」


「そうか。住みにくくなったらまた、別の国に引っ越すわい」


「なるほど。だけど、どうしてタダで旅人に食糧を? もしかしておじいさん、すごいお金持ちなんですか?」


「わっはっは。わしは世捨て人じゃ。カネなど必要ない」


「世捨て人ってどういうことですか?」


「わしはすでに一度死んで、この世界に転生してきた身の上じゃ。カネに執着心など、ない」


俺は耳を疑った。

一度死んで……転生した?

俺はコトネにささやいた。


「おいおい、このじいさん、もしかしてヤバい系?」


「私と同じ」


「えっ?」


「私もこの世界に転生してきた」


「おいおい、冗談はやめろよ」


コトネも、たまには冗談をいうようだ。


俺は老人に丁重に礼をいって、店を出た。


「おい少年、ジーロという戦士を知っているか?」


「いいえ」


「そうか。ジーロは他国の戦士じゃからな。もし、どこかで小魔獣を操る少年に会ったら、究極のインスパイア系ラーメンの味がどうだったか聞いておいてくれ」


「は、はあ……。究極の……ラー……? わかりました。さようなら!」


相当ボケが入っているようだが、とにかく親切な老人でよかった。

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