【第33話】出発の日
窓から差し込むやわらかな日差しと、肉や卵を焼く匂いで、俺は目を覚ました。
床で眠ったので体のあちこちが少し痛むが、睡眠自体は十分にとれた。
ベッドを見ると、コトネはすでに赤いラケットに変容していた。
テーブルには、朝食とは思えないほどの豪華な料理が並んでいる。
「母さん、なんだよ、この豪勢な料理は!?」
「ヤニック、おはよう。いよいよあなたが旅立つ、記念の日なんだから、これぐらい作らないと」
「大げさだな。ちょっと旅行にでかけるだけなのに」
「ま……まあ、いいじゃない」
なぜか父親も、いつになく早起きをして、厨房に立っていた。
「今、さっき捕まえたばかりの新鮮なコラゴンの肉が焼き上がるからな。ちょっと待ってろ」
「コラゴンだって!? 父さん、夜中に捕まえに行ってたの?」
「おうよ。息子がこれから戦いにいくってときに、眠ってられるかよ」
「えっ!?」
おかしい。
俺が王宮へ直訴しにいくことは、2人に話していないのに。
「ちょっと、あなた!」
「あっ、しまった! 内緒だった!」
「そうか……モナだな! あいつ、またチクりやがったな!」
すると母親はいった。
「ヤニック、モナちゃんを怒らないであげて。あの子は誰よりもあなたのことを心配してる。考えてもみなさい。私たちに告げ口したことがあなたに知れたら、あなたは必ず怒るでしょう」
「そりゃそうだよ。もう怒ってるよ!」
「でしょ。もしかしたら、あなたに嫌われるかもしれない。それがわかっているのに、モナちゃんは私たちに本当のことを話してくれた。そうまでして、あなたに危険なことをさせたくない、モナちゃんの気持ちがわからない?」
「うっ……。わかったよ。だけど、俺は行くよ」
そのとき、ジューッと肉が焼け焦げる、いい匂いが漂ってきた。
「コラゴンのステーキ、いっちょあがり! ……で、ヤニック、モナちゃんとはどこまでいったんだ?」
「うるさいよ父さん!」
山盛りの朝食を平らげながら、俺は両親に昨晩のできごとを聞いた。
俺が眠ったあと、深夜にやってきたモナは、現在の戦況が思わしくないことや、俺が勇者パーティーに入るため国王に直談判しにいくことなど、すべてを話したという。
そして、「絶対にヤニックを行かせないでください!」と涙を流しながら頼んだという。
だが、両親の出した答えは「ノー」だった。
母親は、「男の子には戦わなければいけないときがあるの。今がきっと、そのときなのよ。大丈夫。親の私たちが大丈夫だといってるんだから、大丈夫。必ず無事で帰ってくるわ。信じて待ちましょう」と、さとしたという。
さすがは俺の親だ。
俺がいい出したら聞かない性格だということをよくわかっている。
「母さん、父さん。俺、そろそろ行くよ」
「うん。忘れものはない?」
「寝泊まりに必要なものは、このカバンに入ってるし……あとは、肝心のラケットだな」
俺は寝室に戻った。
「行こうか、コトネ」
「うん」
俺は赤いラケットをケースに入れた。
「ヤニック」
「ん?」
「古いラケットも持っていって」
「えっ? コトネと会うまで使っていたやつか? なんで?」
「お守り」
「……そっか。あのラケットがなければ、今の俺はない。コトネとも会えなかっただろうし、な。確かに幸運のラケットだな」
俺は使い古したラケットを赤いラケットの横に差し入れた。
「父さん、母さん、行ってきます。モナによろしく」
「おう。モナちゃんのためにも、無事に帰ってくるんだぞ」
「いってらっしゃい」
見送る両親に手を振り、俺は前を向いた。
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