【第32話】誘われて
「行く!」
「行かせないわ!」
「邪魔すんな!」
「邪魔しますとも! 担任教師として許可できません!」
すぐにでも王宮に向かおうとしていた俺は、モナとアンヌ先生の強力な引き止めにあっていた。
それぞれが俺の足にすがりついて、意地でも行かせないつもりだ。
意図してかどうかはわからないが、2人のやわらかい胸の感触が足に伝わってきて、ぜんぜん力が入らない。
「くっ……2人とも、はなせよ!」
「いやっ! ヤッちゃんが行くなら私も行く!」
「王宮に行く途中だって、魔獣が出るかもしれないんだぞ!」
「そのとおりよヤニックさん! 危ないのがわかってるなら、今すぐに帰りなさい!」
「先生も、手をはなせ! ああっ、もう日が傾いてきやがった!」
王宮まで歩くと、まる2日ぐらいかかる。
うちは貧乏で馬なんか持っていないから、少し危険だが、途中で野宿しながら歩いていくしかない。
といっても、できるだけ野宿する回数を減らしたほうがいいのは確かだ。
わざわざ夜に出発するのは、あまりにも頭が悪すぎるだろう。
おまけに、日が暮れてしまうとコトネが人間に変容してしまうという、別の問題もある。
「もう、わかったよ! とりあえず今日は家に帰るから! はなせ!」
ようやく2人は俺から手を離してくれた。
アンヌ先生は、また神妙な表情に戻った。
「ヤニックさん、王宮に直談判だなんて、絶対にダメですからね」
「俺は行く。もうだまっていられないよ」
「許しません。私は1年G組の担任として、生徒の行動を管理する義務があります」
「だったら、たった今、俺は退学する」
「なっ!?」
「退学すれば、もう学校のルールには縛られない。あんたとも赤の他人になるから、守ってもらう必要もなくなる。だろ?」
「そんな……それはそうだけど……」
「先生、今まで世話になったな。行こう、モナ」
反論する言葉が見つからずに立ち尽くすアンヌ先生に、俺は背を向けた。
かくして俺は二度目の退学をすることになった。
*
グロワール高校を出るころには、空がオレンジ色に染まり始めていた。
急いで帰らないと、コトネが変容してしまう。
「ヤッちゃん、ちょっと早足すぎない? なんでそんなに急いでいるの?」
「えっ? えっと……ちょっと腹がへってな」
「もしかして、こんな時間から出発しようっていうんじゃないわよね」
「安心しろ。そこまでバカじゃない」
「いや、ヤッちゃんならやりかねない」
「心配するなって。出発は明日にするよ」
「……ねえ、私も連れてってくれるよね」
「危険すぎる。おまえは今までどおり、学校に通うんだ」
「いやよ。ヤッちゃんを1人きりで行かせられないよ!」
俺だって、モナと一緒に行きたい。
戦力としては少し心もとないが、こいつがそばにいてくれるだけで、なぜか負けない気がする。
でも、この旅はあまりにも危険すぎる。
モナのために、今は心を鬼にしなければならない。
「ダメだ。おまえは足手まといなんだ」
「えっ……」
さっきのアンヌ先生と同じように立ち尽くすモナをしり目に、俺はさらに歩みを早めた。
帰宅して、俺は両親に「明日から自分探しの旅に出る」とだけ告げた。
だが、真実は──。
魔王の手が目前まで迫っている。
7つの勇者パーティーと3年A組が全滅させられた。
俺は1人で王宮に直訴しにいこうとしている。
──とてもじゃないが、どれも親に話せるような内容じゃない。
父親と母親はそれぞれ、
「自分探しか。思春期にはみんなが通る道だ。俺もそうだった」
「気をつけてね。気が済んだらすぐに帰ってらっしゃい」
と理解を示してくれた。
日が暮れて姿を現したコトネは、もはや定番となった母親の黒いワンピースを身にまとった。
「コトネ、明日からしばらく2人旅になる。よろしくな」
「私の服をもっていくのを忘れないで」
どうやらコトネの腹も決まっているようだった。
「わかってるよ。当分、家には帰れないから、コトネも今日は帰って旅じたくをしたり、ご家族にあいさつしたりしといたほうがいいよな?」
「旅じたくなど必要ない。家族もいない」
「そ、そっか……」
なんとなくそんな気がしていたので、傷つけまいと思って彼女の身の上については詳しく聞いていない。
やはりコトネは一人暮らしをしているようだ。
「今日はここで寝かせてもらう」
「あ……ああ。俺のベッドを使ってくれ。俺は床で寝る」
「一緒にベッドで寝ればいい」
「えっ!?」
もしかして、これって……誘われているのだろうか。
歳ごろの男女が一緒のベッドで寝るということは、そういうことだよな。
そうだ、そうに違いない。
「本当にいいのか?」
「……」
「コトネ?」
「ぐーすーぴー……」
もう寝てる!
一度、コトネと同じベッドで寝てみようと試みてみたが。
……無理だ!
目がさえて眠れない!
旅立ちの初日から寝不足では、先が思いやられる。
やっぱり俺は床で眠ることにした。
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