【第30話】カミカゼ
草トーナメントの中で最上位クラスの大会とはいえ、やはり草大会。
1回戦は審判がいない。
コイントスの結果、ラッキーにも俺とモナはサーブ権を握った。
敵は卑怯を地でいくロイホと、すでに勇者の称号をもつクラリーヌ先生だ。
さすがにみじんも緊張していない。
一方、モナはというと──。
ガッチガチに緊張している。
足がガクガク震えているのが、まるわかりだ。
「モナ、俺の後ろに下がってろ。この試合は俺だけで決着をつけてやる」
「だだだ、大丈夫なの? わわわ、私もがんばるよ」
「いや、いい。今のおまえに出てこられると、むしろ足手まといだ。悪いけど」
「そそそ、そーお? じゃあ遠慮なく」
いつもの強気なキャラは消え失せ、モナは素直に、俺の背中に隠れるように後ろに下がった。
「いくぞ! ロイホ!」
「こい!」
俺はロイホの腹を目がけてサーブを打った。
ダブルスの場合、男女ペアの場合はできるだけ同性を狙うのが礼儀だ。
だがこの場合、ロイホよりもクラリーヌ先生のほうが手強そうだから、むしろ都合がいい。
砲弾はロイホの腹を直撃する──と思いきや、ロイホは巧みなラケットさばきで砲弾をブロックした。
しかも、その砲弾はウネウネと蛇行するように飛んできた。
「必殺! 蛇の舞い!」
「なにっ!? おまえ、いつのまにそんな技を!?」
「フフ……さあな」
よく見ると、ロイホのラケットが白く光っているように見える。
「まさか、そのラケットは……」
俺と同じように、勇者が変容したラケットなのだろうか。
「フフ……気づいたか。魔法をほどこしたラケットだ!」
そういえば、クラリーヌ先生が授業でいっていた。
ラケットに回復魔法をかけると、攻撃魔法をはじき返すこともできるって。
ロイホが魔法など使えるはずがない。
と、いうことは……。
「クラリーヌ先生のしわざか! だが、このウネウネと蛇行する魔球は、いったい……!?」
これにはクラリーヌ先生が答えた。
「うふふっ。答えは簡単。ラケットに攻撃魔法をかけたのでーす」
「なにいっ!? 攻撃魔法は今や、魔王しか知らないはず……なぜ!?」
蛇行する砲弾はカーブを描き、俺の体をよけてモナに向かう。
「ちっ、狙いはモナかっ!」
俺は砲弾に向かってジャンプした。
俺の赤いラケットが砲弾をとらえ、今度はクラリーヌ先生を目がけて砲弾が飛ぶ。
「さすがヤニックさん、やりますね」
それをクラリーヌが打ち返し、また俺が打ち返す。
そんなラリーが何度も繰り返された。
*
あれから10分が経過したが、まだラリーは終わらない。
クラリーヌ先生はドラゴン■ールという必殺技をもっているはずだが、それを使ってこないのは、すでに先日、俺に破られたからだろうか。
「くそっ。しかし2対1じゃ、分が悪い。体力が切れてきた。もうモナを守りきれない。コトネ、どうすればいい?」
「いったんラリーを切るしかない」
「くそっ!」
俺は飛んできた砲弾を地面に向かって叩きつけた。
とりあえずラリーは切れたが、サーブ権は向こうに移る。
ロイホとクラリーヌ先生は、したり顔で笑みを浮かべている。
「どうしたヤニック、フラフラじゃないか」
「大丈夫ですか? 試合はこれからですよ」
しまった!
これが狙いだったのだ!
やつらは2対1の状況を作り、俺の体力が底をつくのを待っていたのだ。
クラリーヌ先生はいった。
「どうやら、虫の息みたいですね、ヤニックさん」
「くそっ……どうすれば……」
肩で息をしている俺をよそに、クラリーヌ先生は容赦なくサーブを打ってきた。
「いきます! 必殺・ドラゴン■ーーーーール!」
7つの炎が俺を目がけて飛んできた。
やはり俺をつぶす気だ。
「コトネ、とりあえずブロックだ!」
必死に砲弾を打ち返す。
あのときのように、ドラゴン■ールを上回る技で返す気力はない。
弱々しい砲弾を放つのが精一杯だった。
「くそっ……もう体力がない。次の砲弾ぐらいは返すことはできるかもしれないが、それが最後だ」
「ヤッちゃん……!」
モナの声が震えている。
「ふはははははっ、万策尽きたな、ヤニック! 死ね!」
ロイホの高笑いが聞こえる。
そのとき、俺はひとすじの光明を見出した。
「コトネ! カミカゼだ!」
「えっ、あれを!? なぜ今!?」
冷静なコトネが珍しく動揺している。
それもそのはず、カミカゼは攻撃にも守備にも使えないため、ずっと前にボツにした技なのだ。
「役に立たない技だと思って封印していたが、たったひとつ使い道がある!」
「……わかった」
クラリーヌ先生は、俺が返した弱々しい砲弾を、力いっぱい強打した。
「いっけーっ! 必殺・ドラゴン■ールGT!」
「死ねーっ」
砲弾が巨大な火の玉になって飛んでくる。
俺は最後の力を振りしぼって叫んだ。
「カーミーカーゼーッ!」
赤いラケットがピンク色に輝く。
火の玉となった砲弾をとらえたラケットから射出されたのは、トルネード状に回りながら飛んでいく砲弾。
さしずめ炎の台風といったところか。
「なんですか、その技は!?」
「カミカゼ……って、ん? こっちに飛んでこないぞ」
クラリーヌ先生とロイホはあっけにとられていた。
それもそのはず、俺が打った炎の砲弾は敵ではなく、モナのまわりを高速でくるくると回っているのだ。
「きゃーっ!? なにこれ!? ヤッちゃん助けて!」
「うふふ、これは自殺点ですね」
「ミスったなヤニック! モナにはかわいそうだが、ヤニックに焼き殺されるなら本望だろう」
モナの周囲を回転していた炎の砲弾は、やがて回転するのをやめて飛び出してきた。
そこにいたのは……全裸のモナだった。
「えっ……きゃーっ!?」
カミカゼは……そう。
人の周囲を高速で回転し、あっというまに着衣のみを焼き尽くす技なのだ。
「ぶーーーーーっ」
いきなりのラッキーなできごとに、ロイホが豪快に鼻血を吹き出した。
「今だ! 必殺・ドラゴン■ール超(スーパー)!」
俺は砲弾を強打した。
鼻血を出して、フラフラと気を失いかけているロイホを目がけて。
ドッガーーーン!
砲弾はロイホに命中。
「まずは1人倒した! 1対1なら負けない! このあいだの二の舞いにしてやる!」
「わーっ、ごめんなさい! 先生の負けです!」
クラリーヌ先生は、あっさりリタイアを申し出てきた。
あっけない試合の幕切れであった。
「ふう……あぶないところだったぜ」
「ヤッちゃんのアホーーーッ!」
バッチーーーン!
勝負には勝ったが、俺のほほは真っ赤に腫れ上がっていた。
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