【第25話】あいつに勝つために

コトネの力でグロワール高校に復帰した俺が、コトネ抜きでA組の生徒に勝つ方法なんて……。


「思いつかん!」


学校を早退し、昼からずっと岩壁を使って壁打ちをしていた俺は頭を抱えていた。


いつも使っている赤いラケット──コトネを岩壁に立てかけ、コトネと出会うまで、ずっと使っていた古いラケットで特訓をしているのだ。


「もうすぐ日が暮れる」


「わかってるよコトネ! じゃあ、この技はどうだ!? 必殺・ラケットシールド!」


俺はしゃがみ込み、ラケットを盾にした。


「なに、それ?」


「これなら、とりあえず前からの攻撃は完全に防げるだろ」


「どこが『必殺』なのよ。守っているだけでは負ける」


「わかってるよ! じゃあ、どんな技なら勝てるんだよ! コトネも少しは考えてくれよ!」


「戦うのは夜。暗闇を生かした戦い方を考えるべき」


「なるほど! って、そういうヒントは、もっと早くいってくれよ! もう時間がないよ! うう……そうか! じゃあ、これはどうだ!? 闇夜の天井サーブ!」


俺は空に向かって砲弾を打ち上げた。


「それは?」


「砲弾を高く打ち上げてみた。試合は夜だから、いきなり砲弾が落ちてきたら、いくらA組でもよけられない……だろ」


「………………」


そのとき、砲弾がものすごい勢いて落ちてきた。


まだ空は明るいが、頭上に迫っている砲弾は風圧で微妙に揺れ動き、どこに落ちてくるかわからない。


「わーっ!? あぶね!」


ドゴッ!


砲弾は俺のすぐ横に落ち、地面を軽くへこませ、バウンドした。


「この技、どうやって相手を狙うの? 逆に自分に当たる可能性も……」


「これもダメかっ! くそっ!」


悔しかった。


なんとかして、モナのカタキを討ってやりたい。

だが、今の俺の実力ではカタキを討つどころか、おそらく俺のほうがやられるだろう。


そのとき、コトネがつぶやいた。


「ヤニック、時間切れだ」


見ると、赤いラケットがピンク色に輝き始めている。

日没だ。


赤いラケットを握る。


「ヤニック? 何を……」


「おい神さま! なんとかしてくれ!」


「神頼み……か」


ヤケになった俺は、月に向かって砲弾を力いっぱい打った。


コトネの魔力を帯びたせいか、砲弾はさっきよりもはるかに高く、そしてはるか遠くまで飛んで、消えた。


次の瞬間、俺の腕の中に、裸のコトネが現れた。


「うわわーっ! しまった! ゴメン、服を用意するの、すっかり忘れてた!」


あわててコトネに背を向けた俺はシャツを脱ぎ、それを後ろ手に、コトネに渡す。


男もののシャツを羽織っただけだが、小柄なコトネはギリギリ下半身まで隠れている。


「ズボンもいるよな?」


「必要ない。パンツ1枚で幼なじみに会うつもりか?」


「なんのことだ?」


「モナの足音が聞こえる」


「なんだって!?」


「私は帰る」


「そうだな。モナには会わないほうがいいと思うけど……そうなると、俺は本当に、1人で戦うことになるんだな」


「まあ、そうなる」


「せめて作戦とか、何かないのか?」


「それなら……」


コトネはしゃがんで石ころを1つ拾った。


一瞬、シャツの中が見えそうになったが、もう薄暗い時間ということもあって、残念ながらよく見えなかった。


「……ここと、ここ」


コトネは小石を使って地面に「○」と「×」を書いた。

「○」と「×」の間は3メートルほどあいている。


「なんだ、それ?」


「この○印のところにヤニック、×印のところにシミターレが立つ」


「そうすると、どうなる?」


「シミターレは月の明かりが逆光になって、まぶしい」


「それで?」


「それだけ」


「せこ! せこい作戦だな……。B組トップのモナもやられたような相手に、その程度の作戦で勝てると思うのか!?」


「さあ……。でも、勝負すると決めたのは自分」


「そうだけど!」


「私は帰る」


コトネは闇夜に姿を消してしまった。


意外と冷たいやつだ。

いや、意外でもないか。

いつも淡々としているし。


そこに、モナが小走りで現れた。


「ヤッちゃん!」


「モナ! 走るなよ! もう大丈夫なのか?」


「うん。大丈夫。薬草と回復魔法が効いたみたい。お医者さまも、後遺症は残らないだろうって」


「そうか……。よかった」


「それより、なんで早退して帰っちゃったの?」


「特訓してた。あいつに勝つために」


「あいつって?」


「シミターレだ」


「まさか、私のために!?」


「…………」


「やめてよ、仕返しなんて! あれは試合中の事故よ。しかも彼女、とても強いのよ! あ……でも、あのラケットがあれば……って、あれ? なにそれ? いつもの赤いラケットは?」


「今はない」


「はあっ!? じゃあ、どうやって戦うの!?」


「考え中だ。だから黙っててくれ」


   *


「もう1時間ぐらい考え込んでるけど、何か作戦、思いついた?」


「……いいや、ぜんぜん。こうなったら当たって砕けろだ。負けたって死ぬわけじゃないだろ」


「無茶よ! シミターレの占星術はかなり強力だし、あの子、手加減ってものを知らないのよ!」


そのとき、背後から声がした。


「ほめてくださって、ありがとうございます」


振り向くと、やつがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る