【第26話】ドラゴンボ!
シミターレは俺の横にモナがいるのを見て、声をかけた。
「おや、モナ氏。体はもう、いいんですか?」
「まあ、なんとか。心配かけたわね」
「それは残念」
「残念って? 何が?」
「いえ、なんでもありません」
やはりシミターレは、意図的にモナを痛めつけるつもりだったのだ。
モナはいまだに事故だと思いこんでいるが、人がいいにもほどがある。
「おい、シミターレ! ただA組に残留したいだけなら、体調の悪いモナの腹を狙う必要はなかっただろ! なぜだ!? なぜあんな卑怯なまねをした!?」
「さあ、なぜでしょうね。でも、いったはずですよ。トゥーネスに汚い手など存在しない、と」
すると、モナが混乱した表情でいった。
「ヤッちゃん、いったいどういうこと? 卑怯とか、汚い手とかって?」
「まだわからないのか、モナ。シミターレは、おまえが生理中だと知っていて、腹を狙ったんだっ」
俺が吐き捨てるようにいうと、モナはぎょっと目を見開いた。
「せい……って、えっ、まさか……そんな! っていうか、なんでヤッちゃんが私の周期、知ってるの!? もしかして変態!?」
「ちがーう! 俺は保健の先生からこっそり説明されて……。いや、俺のことはいい。問題はあいつだ!」
俺はシミターレを指さした。
モナがシミターレのほうを見ると、彼女はゆうぜんと微笑んでいた。
「ふふふっ。モナ氏はまだまだ甘いですね。どんな汚い手を使ってでも勝つつもりじゃないと、A組には上がれませんよ」
「違う、違う! 違うわ! トゥーネスはそんな汚い競技じゃない! 私の大好きなトゥーネスを冒とくしないで!」
「やれやれ。そんな考えじゃ、勇者には一生なれませんよ。さあ、試合を始めますから、幼なじみが無惨に負けるところを、横でじっくり見ていてください」
「モナ、隠れてろ。俺が決着をつける」
モナを安全そうな場所に移動させてから、コイントスをした。
モナは不安そうな表情で見守っている。
コイントスに勝ったので、サーブ権は俺が握った。
だが、肝心のコトネ──赤いラケットを使えなければ、せっかくのサーブ権すら役に立たない。
そうだ、コトネが地面に何か書いていたな。
いちおう、俺はいわれたとおり、コトネが書いた○印の場所に立った。
シミターレは俺と対峙するために、自然と×印の近くに立つ。
「シミターレ、もう少し右にズレてくれ」
「こうですか?」
よし、シミターレがちょうど×印のところにきた。
シミターレは目を細める。
コトネの作戦通り、月明かりが逆光になって、少しまぶしそうだ。
「そうそう。いいね。じゃあ、始めよう」
「なるほど。月の逆光を利用する作戦ですか。小ざかしいですね。そんなことで私に勝てると思ってるんですか?」
「うるさい! いくぞ!」
「ふふふっ。この月の位置からすると……ちょうど日没から1時間が経ったようです。さあ、いつでもどうぞ」
「くそっ。余裕かましやがって──」
俺は砲弾を投げ上げた。
「──うおおおっ! もうやけくそだ! 秘技・ドラゴンボ……」
そのとき、砲弾を打とうとして仰ぎ見た夜空から、巨大な光る物体が落下してきていることに気づいた。
なんだ!?
その光る物体はみるみる大きくなり──次の瞬間。
バッゴーーーーーーン!
シミターレの足元に墜落して大爆発した。
モクモクとけむる硝煙で、シミターレの姿が見えない。
「お……おい、シミターレ! 大丈夫か!」
俺は煙の中に飛び込んだ。
……いた!
生きている……のか!?
「モナ! 手伝ってくれ!」
俺とモナは気を失っているシミターレをていねいに抱きかかえ、煙の中から脱出した。
シミターレの服は焼け焦げてボロボロだが、どうやら無事のようだ。
見れば、火の玉が落ちた場所に直径1メートルほどのクレーターができていた。
もしも火の玉の落ちる場所が30センチずれていたら、シミターレを直撃して、もしかしたら重傷を負っていたかもしれない。
クレーターの中に、何かある。
それは砲弾だった。
あれは……。
そうだ、さっき赤いラケットを使って、空に向かって打った俺のプラクティス砲弾だ。
「そういうことか……コトネのやつ! んっ!? ──」
そのとき、シミターレが俺の腕の中で意識を取り戻した。
「──大丈夫か、シミターレ!?」
「ごほっ……。ヤニック氏にこんな力があるとは……。私の占星術も、まだまだですね……。ヤニック氏、今のは……いったいどういう技なのですか?」
「あ……えーと……」
およそ1時間前、ヤケになった俺が、赤いラケットで空に打ち上げた砲弾。
あのときコトネは、その砲弾に魔力をほどこしたのだ。
試合開始時間になったら、火の玉になって、×印……いや、正確には×印のすぐ近く──シミターレに軽いダメージを負わせる場所に、キッチリ落ちてくるように。
1時間前から、あの砲弾は今までずっと、空の彼方を飛行していたのだ。
「……えーと……」
俺が口ごもっていると、シミターレはいった。
「ドラゴンボとかいう名前でしたね。秘技というぐらいですから、秘密の技なのでしょう。これ以上は聞くのはヤボですね。ドラゴンボ……ですか……」
シミターレは「もう立てます」というと、自力でよろよろ立ち上がった。
「歩けるか? 俺の家は近いから、休んでいくか?」
「結構。敵の情けは受けません。ああ……殺されるかもしれませんね……」
「あん? 殺されるって、誰が、誰に?」
「いいえ、こっちの話です。帰ります」
よく見ると、シミターレの服はあちこち破れて肌が露出しており、ほぼ半裸状態である。
「そんな格好で夜道を歩いたらマズいんじゃ……」
「ご心配なく。占いで安全な道を選んで帰りますから」
「なるほど」
シミターレのダメージはほとんど回復したらしく、しっかりとした足取りで帰っていった。
コトネの仕込んだ魔力の強さは絶妙だったといえる。
「ヤッちゃん、さっきの技、すごかったね! あのラケットの力じゃなく、やっぱりヤッちゃんの実力だったんだね! ドラゴンボ、だっけ? すごいなあ」
「え……いや……いろいろ誤解があるようだが、まあ、いっか」
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